『はやぶさ/HAYABUSA』 あなたも必見かもしれない

 こうしてみなさんにブログをご覧いただけるのも、インターネットへの接続も、そもそもパソコンや携帯電話やスマートフォンが動作するのも、コンピュータの中でプログラムが動いているからだ。現代社会ではあらゆる面で欠かせないプログラムだが、ではどれほどの重みがあるのだろうか。「重要」という意味ではなく、手に乗せて重さを量ってみたら、どれほどのものなのだろうか?
 「プログラムをもっと軽くしてください。」
 ――と云われれば、多くの人はプログラムをもっと軽快に動作させなければならないと思うだろう。
 しかし、プログラムの重量を1グラムでも軽くすることに努力する人もいる。プログラムを動作させるには多くの半導体が必要だ。プログラムの書き方ひとつで必要な回路やメモリ量は変わってくる。そこで、少しでも半導体を減らせるようにプログラムを書くのがプログラマーの腕の見せどころとなる。
 昔、ロケットに乗せるプログラムを開発していた人から、そんな話を聞いたことがある。

 そういえば、ふた昔以上前のこと、国際宇宙ステーションの開発に従事していた友人は、まず制御プログラム用のプログラミング言語を開発するところからはじめていた。プログラムの開発ではなく、宇宙ステーション専用の言語の開発からはじめるなんて、まるでお菓子を作るのにサトウキビ畑の開墾からはじめるようなものである。話を聞いて、そこからやるのかと驚いた記憶がある。

 『はやぶさ/HAYABUSA』にも、「部品をもっと軽くしろ」「もうこれ以上できない」と衝突する場面がある。
 この映画が描くのは、きわめて限られた予算の中で悪戦苦闘する科学者や技術者たちの姿である。宇宙を目指すのに決して恵まれた環境とはいえない我が国で、長年にわたり懸命の努力と工夫を積み重ねる人々に、観客は称賛を惜しまないだろう。本作を観ながら、思わず涙ぐむ人もいるはずだ。


 とはいえ、映画の焦点は現場を撮影できない宇宙での出来事だ。
 <はやぶさ>が注目されたのは、宇宙を航海した小惑星探査機が7年後に故郷の地球に帰ってくるという雄大さとロマンにある。映画が人間ドラマにこだわりすぎたら、不満を覚える観客もいるだろう。
 その点、堤幸彦監督は、さすがに手加減の仕方を心得ている。肩に力のこもった人間ドラマにはせず、当時の様子を淡々と再現することに務めている。その淡白さがリアリティをもたらし、あたかも宇宙科学研究所に同席しているような臨場感を与えている。
 歳月の描写も細やかだ。技術陣の作業服のロゴが「NEC」から「NEC/TOSHIBA」に変わることで、NECと東芝の合弁によるNEC東芝スペースシステム株式会社の登場を示すのだが、その変化はさりげない。


 制作陣のこだわりも楽しい。
 たとえば、<はやぶさ>の知名度向上に貢献したものの一つに、<はやぶさ>を称えて作られた数々の動画がある。なかでも、<はやぶさ>帰還の半年以上前にニコニコ動画にアップロードされた『探査機はやぶさにおける、日本技術者の変態力』と題された動画は、2011年10月13日現在において129万回以上も再生され、転載されたYouTubeでも32万回以上再生されている。

 この映像は、<はやぶさ>が数々のトラブルに見舞われながらも地球への帰還を目指す様子を、『宇宙戦艦ヤマト』のキャラクターたちに語らせたもので、編集・音楽の巧みさにより注目を集めた。とりわけ印象的なのが、トラブル時に真田技師長が発する「こんなこともあろうかと!」という名ゼリフだ。テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』でも特に有名なこのセリフが、<はやぶさ>には見事に当てはまる。航海不能と思われるほどのピンチに陥りながら、まるでこのために用意したかのような意外な仕組みで切り抜けていくのだから。
 そして映画『はやぶさ/HAYABUSA』でも、絶体絶命のピンチに、ちゃんとこの名ゼリフが発せられる。映画の制作陣は、<はやぶさ>を語るのに欠かせないものを良く判っているのだ。


 本作は、宇宙探査という題材ゆえに科学用語、専門用語で溢れることが避けられない。けれども、そこから逃げずに専門用語を発することは、リアリティ重視のゆえでもある。
 映画の作り手が正確さと判りやすさに心を砕いているのは強く感じられるが、それでも人によっては馴染みのない言葉の連発にひるんでしまうかもしれない。
 ここに、この映画が必要とされる理由の一つがある。
 伊東乾氏によれば、各国の「科学リテラシー」の数字には大きな差があるという。
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日本では、子どもの「理数科テスト」の成績はヤケによいのですが、大人の基礎的な科学の理解が非常に浅く、先進国内でもかなり低い成績になっています。これに対して、欧州各国の子どもの成績はソコソコなのですが、大人の科学リテラシー水準は日本と比べ物にならないほど高いという結果が出ています。
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 欧州では、普通の町のお婆さんが、物質の重さ(質量)の起源や自発的対称性の破れの話を聞きに地元の教会にやってくるという。
 たしかに、日本ではお婆さんが趣味で物理を学んでいるなんて話はとんと聞かない。

 本作にも、そんな現状を示すシークエンスがある。
 竹内結子さん演じる主人公が、宇宙関係の展示場で相談員をしているときのこと。見学に訪れた親子連れが近づき、小学生らしき男の子が<はやぶさ>の推進力について質問する。主人公はイオンエンジンの原理をまくし立てるのだが、イオンについて学習するのは中学校からであり、男の子にはサッパリ判らない。それでも彼は子供なりに云われたことを咀嚼しようと考え込むのに対し、親は「たくさん勉強すればお姉さんのようになれるわよ」と誤魔化してその場から逃げ出そうとするのだ。

 このシークエンスは、TPOもわきまえずに持てる知識のすべてを口にする主人公の滑稽さを強調し、劇中ではギャグとして機能している。
 だが、これは映画の観客に<はやぶさ>の推進方法を伝えるための苦肉の策である。イオンエンジンのことを知っている観客には改めて長々と説明する必要はないだろうし、知らない観客に丁寧に説明する尺もない。けれど、後々イオンエンジンのトラブルが重要なエピソードになることを考慮すれば、是が非でもイオンエンジンについて触れておきたいところだ。
 そこで作り手が考えたのが、ギャグに絡めてイオンエンジンの原理をおさらいすることだったのだろう。主人公の云うことが判る人にはこの程度の説明で充分だし、判らない人にはギャグだと思って見流してもらえば良い。
 云い方を変えれば、作り手はかなりの割合の観客がイオンエンジンの原理を理解できないと見込んでいるのだ。少なくともイオンのことは中学の理科で学ぶのに。イオンエンジンそのものだって、欧州のお婆さんが教会で聞いている自発的対称性の破れに比べれば、はるかに判りやすいことなのに。

 このシークエンスは科学リテラシーのギャップを笑いにしているが、子供相手に科学知識のありったけをぶつける主人公と、理解できずに逃げ出す親と、どちらを笑うべきなのか、考えさせられるところである。


 それは「失敗」の捉え方にも影響しよう。
 科学や技術に失敗は付き物である。本作では、ロケット開発者の故糸川英夫氏が「失敗」を「成果」と呼んで次に活かしたエピソードが紹介される。「失敗」に落胆したり、なじったりして終わらせず、「成果」と捉えて次に活かせるものを見出していくには、相応の科学リテラシーが要求されよう。
 それは研究者や開発者だけのことではなく、予算を決める人、税金を払う人にも等しく要求されることである。


 もしも本作を観て判らない用語があったなら、それこそみずから調べてみよう。
 本作には、科学を探求する面白さや、未踏の技術に挑む楽しさが詰まっている。<はやぶさ>がはじめて捉えた小惑星イトカワの映像にみんなが殺到する場面には、多くの観客が共感を覚えるはずだ。共感を呼ぶから、小惑星探査機を題材にした映画が生まれたのだ。
 科学技術は進歩させてこそ面白い。面白いから進歩する。そんなことを忘れがちな大人こそ必見のドラマである。


はやぶさ/HAYABUSA [DVD]はやぶさ/HAYABUSA』  [は行]
監督/堤幸彦
出演/竹内結子 西田敏行 高嶋政宏 佐野史郎 山本耕史 鶴見辰吾 筧利夫 市川実和子 甲本雅裕 高橋長英 生瀬勝久
日本公開/2011年10月1日
ジャンル/[ドラマ]
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【theme : 日本映画
【genre : 映画

tag : 堤幸彦 竹内結子 西田敏行 高嶋政宏 佐野史郎 山本耕史 鶴見辰吾 筧利夫 市川実和子 甲本雅裕

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