『ゴーストライター』 事実は小説よりも奇なり

 【ネタバレ注意】

 この映画は面白い。
 あなたがまだ『ゴーストライター』を観ていないのなら、それだけ知れば充分だろう。
 これは上質なサスペンスであり、芳醇なワインを味わうように渋みを楽しむ映画だ。
 この作品について知るところが少ないほど、あなたは映画を楽しめることだろう。だから、まだ本作を観ていないなら、ここから先は読まない方がいい。映画を鑑賞した後に再会しよう。

               

 さて、元英国首相の自叙伝執筆に端を発するこの物語は、政治的な要素をちりばめつつも、表舞台に立つ人間の陰に隠れた者たちの悲哀と野心をえぐり出す。
 その意味でこれは普遍的な物語であり、国家や政治の匂いが鼻を突くわけではない。

 とはいえ、この作品を"ロマンチック"にしているのは、人々の夢の源泉である"あの組織"が絡んでいるからだ。映画ファンやエンターテインメント小説の愛好家にとっては、夢と冒険に欠かせない例の組織――CIAことアメリカ中央情報局である。
 CIAは、あるときは恐るべき悪の組織として、またあるときは正義の味方として、幾多の映画や小説に登場する。物語ごとに立場は違えど、謀略・諜報に長けた強大な組織という点では変わりがない。
 この組織がなければ、多くのエンターテインメント作品は成立しなかっただろう。

 しかし現実には、CIAに対する人々の幻想を打ち砕くような事実の数々が報道されている。
 2009年末には、高度なテクニックである二重スパイに、あろうことかCIA自身が引っかかり、多数のCIA要員が殺害されるという大失態を演じている。
 また、ウィキリークスが暴露したところによれば、CIAがアフガニスタンに投入している無人機でのミサイル攻撃では、民間人を巻き添えにする事態や、無人機そのものの故障や事故が後を絶たない。

 近年のことばかりではない。ティム・ワイナーが膨大な公文書とインタビューから著した『CIA秘録』は、資金と権限を巡って国防総省との争いに明け暮れるこの組織の60年の歴史が、あまりにもカッコ悪いことを明らかにしている。
 グアテマラのCIA支局は、大使の寝室で盗聴した愛人との"愛のささやき"をワシントンに報告し、大使を中傷しようとした。しかし議会に報告した後に判ったことだが、録音した"愛のささやき"は大使が愛犬と戯れるものだった。
 日米自動車交渉の際には、CIAは経済データを収集して米国を優位に導こうとしたが、CIAによる分析はお粗末で、公開情報に基づく民間のアナリストらの分析を超えるものではなく、「やつらの情報はほとんどがらくただ」と罵られた。
 ビル・クリントン大統領は、CIAの報告よりもCNNを見て満足していた。

 残念ながら、CIAといえども映画や小説のように高度な知力・胆力・行動力をもって活躍できるわけではないのだろう。
 ティム・ワイナーは『CIA秘録』の中でこう書いている。
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フィクションとしてのCIA、小説や映画に生きているCIAは万能である。黄金時代の神話は、CIA自身が作り上げたもので、アレン・ダレス(50年代のCIA長官:引用者註)が1950年代にでっち上げた広報や政治宣伝の産物である。
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 そしてCIAの実情について、菅原出氏はウィキリークスに関連して次のように述べる。
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(略)陳腐な陰謀論さえ出ておりますが、CIAにそんな大それた力はありません。そもそも、そのようなとてつもない陰謀を起こす能力があれば、アフガニスタンでもイラクでもこんなに苦労はしていません。実はそんな陰謀論者たちが期待するようなとてつもない陰謀を米政府はやっていないということも、このウィキリークスの機密文書をみていくとよくわかります。

 いずれにしても、当事者意識が欠如しているので、このような他人事のような陰謀論がはびこってしまうのではないでしょうか。
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 私たちは陰謀論が大好きだ。
 自分が非力であることや世の中がままならないことに気づいても、そこに悪意を持った何者かが介在していると考えれば、すべてをそいつのせいにできる。
 芹沢一也氏と荻上チキ氏は、仮想敵を作らずにはいられない私たちの心理を次のように語っている。
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芹沢 今度、雨宮処凛さんと飯田さんの対談本が出るんですけど、その中で飯田さんが、日本の製造業が中国に移転した理由を円高だと説明している場面があるんです。一ドル105円が分岐点らしいのですが、それ以上安くなると、日本の労働者は質がいいので日本に工場をつくるようになると。だけど、問題は為替レートだとなると、雨宮さんは「なにをどうすれば」みたいな雰囲気になる。小泉、ばか野郎とか言えないわけじゃないですか。

――そうか、敵がつくれないと、盛り上がれないですね。

芹沢 そう、新自由主義であれ、構造改革であれ、敵をつくって叩けば、成果はさておきフラストレーションが発散できる。生きがいも得られる。運動のほとんどは「敵づくり」にとどまってますね。冷静にシステムを考えてみようという発想は、ほとんどない。

荻上 「この社会をダメにしている何かがあるから幸せになれないんだ」的な、疎外論的な枠組みは強烈なので、どうしてもそうなりますよね。
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 私たちは巨大な敵を欲している。
 なぜなら、そんな敵が悪さしていると考えないことには、幸せになれない自分があまりにも惨めだからである。
 自分の矮小さを正当化できるような巨大な陰謀を、国や企業に期待しているのだ。
 中でもとりわけ期待されているのが、CIAに他ならない。その実態はともかく。


 とはいえ、CIAだって失敗ばかりしているわけではない。
 前掲書『CIA秘録』には、まずまずの成功例も載っている。
 それが他国の首相に対する工作である。かつてCIAが有力な政治家に目を向けて金銭を提供すると、政治家はその資金を使ってみずからの権力を固め、首相の座まで上りつめた。そして自国の政策を米国の望むものに変えていった。
 またCIAは他の与党議員にも金銭を提供するとともに、野党の一部も資金援助して野党勢力を分断し、さらに世論作りにも資金を投入した。
 まるで『ゴーストライター』の元ネタではないかと思えるほど、CIAが支援した首相は長年にわたりCIAとの緊密な関係を維持し続けた。

 ただし、それは「ブッシュのプードル」と揶揄されるほど米国に追従し、ロバート・ハリスに『ゴーストライター』の原作を書かせるに至った英国首相トニー・ブレアのことではない。
 ユーラシア大陸の反対側、極東にある島国での出来事だ。
 その政治家とは岸信介(きし のぶすけ)。1960年、日米安保条約締結時の内閣総理大臣である。


ゴーストライター [Blu-ray]ゴーストライター』  [か行]
監督・制作・脚本/ロマン・ポランスキー  原作・脚本/ロバート・ハリス
出演/ユアン・マクレガー ピアース・ブロスナン キム・キャトラル オリヴィア・ウィリアムズ トム・ウィルキンソン ティモシー・ハットン ジョン・バーンサル デヴィッド・リントール ロバート・パフ ジェームズ・ベルーシ
日本公開/2011年8月27日
ジャンル/[サスペンス] [ミステリー]
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【theme : ヨーロッパ映画
【genre : 映画

tag : ロマン・ポランスキー ユアン・マクレガー ピアース・ブロスナン キム・キャトラル オリヴィア・ウィリアムズ トム・ウィルキンソン ティモシー・ハットン ジョン・バーンサル デヴィッド・リントール ロバート・パフ

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