『大いなる西部』 本当に大きいものは?

 ここには映画のすべてがある。
 雄大な景色、張り詰めた空気、工夫されたアクションと起伏に富んだ物語、孤高の勇気と固い信念、ロマンチシズムと魅力的な役者たち。さらには、忘れられない印象的なテーマ曲
 1958年に公開された『大いなる西部』は、西部劇の傑作である。ところが、あまり西部劇らしくない。派手な銃撃戦はないし、主人公はヒーローとして称賛を浴びるわけでもない。そもそも、グレゴリー・ペックが演じる主人公ジム・マッケイは、西部劇なのに映画のほとんどにおいて丸腰である。
 だから観客には、これが西部劇らしくアレンジしているだけで、もっと別のものの暗喩であることがすぐに判る。

 物語は、東部の船乗りジム・マッケイが、西部を訪れるところから始まる。原題"The Big Country"の名のとおり、この地の人々は広大な西部を自慢に思っており、東部の優男なんかこの土地を見ただけで圧倒されるはずだと考えている。
 そこでは二つの勢力が争っていた。それぞれ大牧場を有するテリル家とヘネシー家である。両家は、牧場の生命線たる水源地を巡って長年にわたり対立してきた。
 実はジム・マッケイはテリル家の一人娘パトリシアと結婚するために来たのだが、敵対する相手には暴力も辞さない両家を見て、なんとか争いを止めさせようとする。

 166分という長丁場のこの映画には、主人公を暴力に引き込む数々の誘惑がある。
 ジム・マッケイはテリル家の一員になるためにはるばるやってきたのだから、常識的にはテリル家らしく振舞うべきだろう。テリル家に敵対するのがヘネシー家ならば、彼にとってもヘネシー家は敵のはずだ。実際、彼はヘネシー家から手荒な歓迎を受けてしまう。
 そしてフィアンセであるパトリシアは、荒っぽい西部男に囲まれて育ったので、彼にも同じような行動を期待する。そのためパトリシアは、彼がヘネシー家にバカにされても、牧童頭に嘘つき呼ばわりされても、喧嘩を避けて腰抜け扱いされても、平気な顔をしているのが許せない。
 彼が並みの男だったら、フィアンセたる女性に軽蔑されるよりも、喧嘩に応じて逃げない姿を見せることを選びそうなものである。

 しかしジム・マッケイは手を上げない。周りの誰もが自分を弱虫だと思い、舐めてかかり、軽蔑しきっても、唯一信頼して欲しいフィアンセにすら嫌われても、彼は暴力で得られる名声なんぞ求めない。
 拳を振るえば、たとえ喧嘩には勝てなくても、勇ましいと認められただろうに。


 前々回前回と書いてきたように、私たちは暴力には暴力で対抗しがちだ。
 ジム・マッケイがそんな行動を取らずにいられたのは、一つには彼が他の人間とは違う視点を持っていたからだろう。
 西部の人々は、彼らの住む広大な地を誇りとし、土地の奪い合いに余念がない。しかし船乗りだったジム・マッケイは、海がもっと広いことを知っている。
 テリル家の人々はヘネシー家こそ野蛮な悪党だと考え、ヘネシー家の人々はテリル家こそ卑劣な偽善者だと考え、相手に襲われたらやり返すつもりでいる。やり返さなければ舐められてしまい、立場が悪くなると思っている。しかしジム・マッケイは、どこの寄港地にも喧嘩っ早い荒くれはおり、そんな奴らの相手をしたって無益であることを知っている。
 そして忘れてならないのは、実はジム・マッケイは腕っぷしが強いということだ。腕っぷしのみならず、船乗りとして学んだ技術――とりわけ未知の土地でも迷わずに遠い目的地までたどり着く技術により、自分の身は自分で守ることができる。だからこそ挑発に乗らず、冷静に対処できるのだろう。

 ドナルド・ハミルトンが原作小説を発表した1957年、そしてウィリアム・ワイラー監督が映画化した1958年の時代背景を考えれば、本作の意味するものは明らかだ。
 それは東西陣営が対立する冷戦状況である。相手が核兵器を開発すればこちらも核兵器を開発し、相手が宇宙開発を進めればこちらも宇宙開発を進めるといった具合で、当時、世界中の人々はテリル家かヘネシー家のどちらかに属していたのだ。グレゴリー・ペックによれば、ウィリアム・ワイラー監督は本作を冷戦下の寓話として意図したという。
 両家が狙う水源地は、今なら差し詰め油田地帯かレアアースの鉱床だろう。
 その意味で、本作の寓意性は今も損なわれてはいない。それどころか、二大勢力の対立ではなく、多数のプレイヤーがしのぎを削る現代になって、本作の意義はますます大きくなったといえよう。

 私たちは今こそジム・マッケイに学ばなければならない。その気高さを、冷静さを、見習わなければならない。

 もちろん、テリル家ともヘネシー家とも渡り合うためには、共通の言語と文化がなければならない。コンテクストを共有できていなければ、両者の相違点と共通点を見極めることすら難しいだろう。
 しかしそれは決してできないことではない。
 なぜなら私たちが対峙する相手は、SFやファンタジーに登場する絶対悪ではなく、単なる人間なのだから。

 本作に登場するテリル家もヘネシー家も、それを知らなかった。海の広さを知らなかったごとく。
 現代の私たちには、海の広がりが見えているだろうか。荒波を受けても遠い目的地にたどり着く技術を持っているだろうか。


[追記]
 公開当時の米大統領ドワイト・D・アイゼンハワーはこの映画が大好きで、ホワイトハウスで4夜連続の上映会を開催したという。
 彼は大統領に就任すると、3年続いた朝鮮戦争を停戦へと導いている。

(つづく)


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監督・制作/ウィリアム・ワイラー  制作/グレゴリー・ペック
作曲/ジェローム・モロス
出演/グレゴリー・ペック チャールトン・ヘストン ジーン・シモンズ キャロル・ベイカー バール・アイヴス チャールズ・ビックフォード チャック・コナーズ アルフォンソ・ベドヤ
日本公開/1958年12月25日
ジャンル/[ドラマ] [西部劇]
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【genre : 映画

tag : ウィリアム・ワイラー ジェローム・モロス グレゴリー・ペック チャールトン・ヘストン ジーン・シモンズ キャロル・ベイカー バール・アイヴス チャールズ・ビックフォード チャック・コナーズ アルフォンソ・ベドヤ

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