『ブラック・スワン』 バレエと映画が両立しない理由

 【ネタバレ注意】

 『白鳥の湖』の最大の魅力は、一人のバレリーナが無垢なオデット(白鳥)と悪魔の娘オディール(黒鳥)を踊り分けることだろう。
 オデットの悲しく儚げな表情や、指先までたおやかで繊細な動きから、一転して妖しくも艶かしいオディールへと変化する、その違いを同じ人間が踊りだけで表現することへの驚きと感動が肝である。
 ……と云うほどバレエに詳しくはない私だが、かつてパリ・オペラ座のエトワールであるノエラ・ポントワさんの『白鳥の湖』をテレビで見て、衝撃を受けたことは今でも鮮明に覚えている。

 ところが、映画『ブラック・スワン』は『白鳥の湖』を取り上げていながら、その踊り分けがほとんど映されていない。それどころか、バレエ団の舞台裏を描いた本作には練習シーンはたっぷり出てくるのに、バレエの魅力は微塵も語られない。
 それもそのはず、本作はバレリーナを主人公としたスリラーであって、追い詰められていく主人公の心理描写が中心だからだ。


 世の中にはバレエの魅力を堪能できる映画もある。
 たとえば『小さな村の小さなダンサー』は、演技も出来るバレエダンサーを主役に迎えて、踊りの素晴らしさをたっぷりと見せてくれる。
 もちろんクライマックスはバレエのシーンだから、カメラをあまり動かさずにダンサーの全身を捉え、ダンサーの指先も爪先も、筋の動き一つ見落とさないように、極めてオーソドックスな撮り方をしている。

 それにひきかえ、『ブラック・スワン』は白鳥と黒鳥を踊り分けなければならない主人公の苦悩に迫り、混乱する心理を表現するために、視覚効果を含めた映画のテクニックをフルに活用している。
 バレエのシーンでも、主人公の顔のアップやバストショットを多用したり、カメラが主人公の周囲を素早く動いたりして、踊りよりも主演女優の感情表現を捉えることを重視する。
 とうぜんであろう。これはバレエを楽しむ映画ではなく、過度のプレッシャーにさらされた人間の狂気を描いているのだから。

 主人公を演じるナタリー・ポートマンがプロのダンサーではないために、フルショットの撮影に耐えられるだけの踊りを披露できない、という理由もあるかもしれない。
 しかし、『レオン』でデビューするまでバレエをやっていた彼女は、本作のダンサー役に備えて、映画への出資者が見つかる前からポケットマネーでトレーニングを積んでいたし、場面によってはデジタル技術を駆使してプロのバレリーナの体にナタリー・ポートマンの頭を乗せたりもしているから、監督の望むカットをいかようにも作れたはずである。

 にもかかわらず、ダーレン・アロノフスキー監督はバレエダンサーの体の動きは追求せずに、映画的なテクニックをこれでもかと打ち出してくる。
 VFXで体を加工することもためらわない。白鳥や黒鳥を踊るナタリー・ポートマンは、やがて肌が鳥のように粟立ち、羽根まで生えてくる。現実と幻覚の境界が曖昧になるほどスワンになりきっていることを判りやすく表現した場面である。そして彼女の腕は鳥の翼になり、体は羽毛に覆われる。
 もはや、ダンサーの指先どころか、腕の形も筋の動きも映し出されることはない。バレエで最も大切な体の動きを伝えようと思ったら、あり得ないカットである。撮影技術や視覚効果、音響効果等のテクニックを駆使すればするほど、バレエの魅力や、ダンサーの素晴らしさからは遠ざかっていくのである。

 だが観客は、本作に映画の魅力が満ちていることは認めるに違いない。
 ダーレン・アロノフスキー監督は、姉がバレエダンサーであり、バレエに興味を持っていたそうだが、監督からは驚くほどバレエへの愛情を感じない。
 ひるがえって、サイコスリラーは様々な映画的テクニックを要求されるジャンルであり、映画好きなら是非とも手がけたいものだろう。

 本作は、バレエ『白鳥の湖』を踊る、ただそのことだけを描いていながら、クライマックスを盛り上げるのは難しい踊りをこなした達成感ではない。
 ダーレン・アロノフスキー監督が「主人公が流した血は彼女が少女から大人の女性になった象徴だ」と語っているように、ライトサイド(光明面)とダークサイド(暗黒面)のバランスを取ってこそ一人前なのだろう。


 ところで、本作は当初バレエダンサーとレスラーの情事として構想されていたという。
 しかし1本の映画でレスリングとバレエの両方を描くのは難しいことから、『レスラー』(2008年)と本作とに分割したそうだ。
 はたして当初の構想どおりだったなら、命懸けでリングに飛び込むレスラーと、台から飛び降りるバレエダンサーがどのようにシンクロしたのか、見たかったと思うのは私だけではないだろう。


ブラック・スワン (ナタリー・ポートマン 主演) [DVD]ブラック・スワン』  [は行]
監督/ダーレン・アロノフスキー
出演/ナタリー・ポートマン ヴァンサン・カッセル ミラ・クニス バーバラ・ハーシー ウィノナ・ライダー
日本公開/2011年5月11日
ジャンル/[サスペンス] [ドラマ]
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【theme : 洋画
【genre : 映画

tag : ダーレン・アロノフスキー ナタリー・ポートマン ヴァンサン・カッセル ミラ・クニス バーバラ・ハーシー ウィノナ・ライダー

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