『岳 -ガク-』が示した落としどころは?

 レスキュー物とでも呼べば良いか。
 災害・遭難現場での救助活動は、手に汗握る展開にしやすいことから、これまで多くの作品が作られてきた。

 代表例は、古くは『タワーリング・インフェルノ』(1974年)だろうが、近年の邦画作品では海上保安官による海難救助を描いた『海猿』シリーズや、東京消防庁のハイパーレスキュー隊の活躍を描いた『252 生存者あり』が容易に思い浮かぶ。

 『岳 -ガク-』は、同じくレスキュー物の系譜に連なる映画ではあるものの、先に挙げた作品群に比べるといささか地味な印象なのは否めない。山岳遭難事故は、超高層ビルの大火災や巨大台風の襲来、あるいは船舶の沈没に比べると、迫力ある映像を作りにくいし、遭難者の数は1名か2名、多くてもせいぜい十数名なので、数百人を助ける作品よりもスケールが小さく感じられるだろう。
 しかし、だからこそ派手な映像や特殊効果のオンパレードにならず、人命救助の瀬戸際に臨む救助隊員一人ひとりの活動が焦点となる。


 本作は、長野県警北部警察署の山岳遭難救助隊に配属された新米隊員・椎名久美の成長をたどる物語である。
 久美は、命令に違反してでも遭難者の救助を試みたり、平然と遺体を崖から投げ落とす行為に反発したりと、レスキュー物の新米にありがちな行動を踏襲していく。通常なら、その過程で隊長や先輩たちとぶつかったり、その思慮深さに気づかされて隊の一員として馴染んだりしていくことだろう。

 ここが難しいところだ。
 命令に違反してでも救助に向かうことや、個々の遭難者に執着して感情的になるのは、観客にとっては判りやすい。目の前で苦しんでる人を見捨てたり、冷徹な計算だけで結論を出すよりも、同情という大切な感情に基づいて行動する方が共感できるからだ。

 これは脳の働きによるものである。
 私たちは「新しい脳」(論理や言語などをつかさどる新皮質)を発達させて文明を築いてきたが、その奥底には「古い脳」(感情や意欲などをつかさどる辺縁系)があって、思考・行動の根本は「古い脳」に支配されている。
 だから様々な判断が同情に基づいて行われることについて、池田信夫氏は次のような例で説明している。
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みのもんたが代表しているのは、感情をつかさどる「古い脳」である。同情は、人類の歴史の99%以上を占める小集団による狩猟社会においては、集団を維持する上できわめて重要なメカニズムだ。感情は小集団に適応しているので、「高金利をとられる人はかわいそうだ」といった少数の個人に対する同情は強いが、規制強化で市場から弾き出される数百万人の被害を感じることはできない。
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 映画やテレビドラマの多くは、観客が共感し感動するように作られるので、感情に訴えかける物語になる。すなわち、「古い脳」を刺激する作りである。
 そこで、命令違反してでも救助に向かう主人公らが英雄的に描かれる。

 しかし、それは真の葛藤ではない。
 本当に辛い現場では、二次遭難を避けるために遭難者を見捨て、生きている可能性が残っていても切り捨てるだろう。
 感情と論理が相反する中での決断こそ、レスキュー物の作り手が描くべき葛藤ではないか。


 映画『岳 -ガク-』の1番の見どころは、この部分にあると思う。
 本作では娯楽作品の常として、通常はあり得ないような大事故が起こる。そのとき救助隊員たちが迫られるギリギリの判断が映画の肝である。

 そこで、本作の主人公・島崎三歩(しまざき さんぽ)が、警察署の山岳遭難救助隊の一員ではなく、山岳救助ボランティアである点が効いてくる。椎名久美は警察組織の一員であり、彼女にとって隊長の命令は絶対だ。ところが三歩は民間人であり、職務として隊長の命令を聞かねばならない立場ではない。
 もちろんボランティアとはいっても本来無謀な行為が許されるはずもなく、山岳遭難防止対策協会(遭対協)の一員としても慎重に行動すべきである。しかし、冷徹な判断を下さざるを得ない隊長と命令を守るべき隊員、そして何としても遭難者を助けたいという救助者の思い、それらを両立させるには、三歩の立場は絶妙だ。

 山の恐ろしさを描いた映画としては、ドイツ・オーストリア・スイス合作の『アイガー北壁』が壮絶である。この作品で登山家を見舞う過酷な運命は、観客にも苦い思いを強いる。
 娯楽作としてそこまで辛口にはできない中で、『岳 -ガク-』は一つの落としどころを示したのかもしれない。


岳 -ガク- Blu-ray豪華版(2枚組)岳 -ガク-』  [か行]
監督/片山修
出演/小栗旬 長澤まさみ 佐々木蔵之介 石田卓也 渡部篤郎 市毛良枝 石黒賢 矢柴俊博 やべきょうすけ
日本公開/2011年5月7日
ジャンル/[ドラマ] [アドベンチャー]
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