『八日目の蝉』 踏みとどまるために必要だったのは?

 【ネタバレ注意】

 劇中、母と娘が「男とは何か、女とは何か」を語り合うくだりがある。
 母曰く、「薫ちゃんは女なの。薫ちゃんが好きになって、結婚したいと思う人が男のひと。」
 この映画に、結婚するに足る男は登場しない。その事件の流れを考えるとき、あまりにも哀しすぎる答えである。

 映画『八日目の蝉』に登場する男性は影が薄い。主要な登場人物としては二人しか出ない上、彼らは単に女性を妊娠させる存在でしかない。結婚をちらつかせながら、何もしない。
 同じように男性がほとんど出てこない映画『プレシャス』を指して、内田樹氏は「男性嫌悪映画」と呼んだが、『八日目の蝉』はそれとは違う。
 本作は男性を嫌悪するというよりも、もっと生き物としての女――母というものを問うているように思う。
 はたして女は子供を産めば母なのか?女と母は違うのか?女も母も同じ生き物なのか?


 この映画を観て、原作者はきっと40代半ばなのだろうと思っていたら、作者の角田光代(かくた みつよ)氏は案の定1967年の早生まれで、現在44歳だった。加えて、脚本を手がけた奥寺佐渡子(おくでら さとこ)氏は1966年生まれ。つまり、両者とも現実の事件の犯人と同い年(同学年)なのである。

 愛した男性には妻がいて、その妻の妊娠に嫉妬して自分も避妊を拒否し、でも身籠った自分は中絶して、なのに妻は子を産んでいて、そして夫婦が不在の家には子供だけが残っている――そこに侵入した彼女がしたことは……。
 それはあまりにも悲惨な事件であった。
 もしも彼女が、おさなごに手をかけることをギリギリの瞬間で踏みとどまっていたら――いや、踏みとどまるためには、何が必要だったのか。
 彼女と同世代の作者は、そんな思いから物語を紡いだのかもしれない。

 原作は未読だが、それは二つの章に分かれているそうである。彼女が本妻の娘を連れて逃亡する章と、成長した娘が逃亡の跡をたどる章だ。
 映画はこの二つの物語を時系列に追うのではなく、交互に配置して自在に時間軸を行き来しつつ、二人の女の心情を描写する。
 これは映画ならではの構成の妙である。二つの物語は、それぞれが一つのロードムービーになっており、それらが重なり合い、補い合いながら、女とは何か、母とは何かを問い続ける。旅の行く先々で、ときには女だけの社会に立ち寄り、ときには田舎の暮らしに触れ、子育てを巡るコミュニティのあり方さえも問いながら、母から子への愛があることを確かめようとする。


 その複雑な構成をすんなりと受け入れさせるのは、何といっても脚本の上手さだろう。『パーマネント野ばら』で叙情的でありながら緊密なドラマを味わわせてくれた奥寺佐渡子氏は、本作でも巧みな脚本で飽きさせない。
 そして『孤高のメス』で医療問題と命の尊厳を問うた成島出(なるしま いずる)監督が、ここでも「母」と「子」を通して、生命とは何か、親子とは何かを問いかける。

 この辛く哀しい物語を体現しているのが、素晴らしい女優陣である。本作に登場する母たち娘たちは、母親として、女として、どう振る舞えばいいのかが判らずにいる。その苦悩を、永作博美さん、井上真央さん、小池栄子さんらが体現している。


 本作は、平行した二つの物語から構成されるが、それらは安易な邂逅を避けつつも、大切なもので貫かれている。それは、映画の中で「母」から「子」へ手渡されるものだが、目には見えない。
 けれどもそこには確かにあるのだ、大切なものが。誰もが持っているはずなのだ。
 報道等で、子供が犠牲となった事件に接するたびに、そこにあって欲しいと願うものだ。それはこの作品の作り手たちの祈りでもあろう。
 劇中で手渡されたそれを、私たちは大切にしているだろうか。そしてまた、次の世代に渡せているだろうか。


八日目の蝉 [Blu-ray]八日目の蝉』  [や行]
監督/成島出  脚本/奥寺佐渡子
出演/永作博美 井上真央 小池栄子 森口瑤子 田中哲司 劇団ひとり 余貴美子 市川実和子 平田満 渡邉このみ 風吹ジュン 田中泯
日本公開/2011年4月29日
ジャンル/[ドラマ] [サスペンス]
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