『犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』 あなたの家の求心力は?

 2007年10月4日放映の日本テレビ『スッキリ!!』に愕然とした人も多いだろう。この日の「ペット処分場の実態」と題された映像は、それほど衝撃的だった。
 とりわけ私がショックを受けたのは、子猫の処分を依頼しにきた家族である。子猫を育て始めて2ヶ月、一家で海外旅行へ行くことになったのだという。旅行中は世話できないから、処分してくれと子猫を持ってきたのだ。
 子供たちはワンワン泣いている。しかし、父親が「じゃあ、旅行は止めるのか?猫がいたら旅行できないよ。旅行、行きたいだろ?」と尋ねると、子供たちは泣きながらも「行く」と答えた。母親は「この2ヶ月でいい勉強ができました」と云い、一家は子猫を置いて去ったのである。
 ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』に登場したマルコ・ブルーノ氏が「地獄だ」と呟いたのは、この国のことである。

 だからこそ、『犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』の第8話のセリフは印象深かった。
 病気の飼い犬スカイの面倒を看るという兄妹に、獣医が釘を刺す。
 「そのかわり、夏休みとか、どっこも遊びに行けないぞ。」
 兄「え~。」
 妹「はい!」
 兄「…はい!」
 獣医はスカイを撫でてやる。「お前は幸せ者だ。」

 脚本家の寺田敏雄氏が、くだんの『スッキリ!!』を見たかどうかは知らない。
 しかし、このセリフには、ペットと暮らす人間のあるべき姿が込められていた。


 思えば母・幸子は、当初は犬を飼うことに反対していた。生活が苦しいこともあって、犬を見たときには「こんなのにやる食べ物があったら、もっと子供たちに食べさせたいわよ!」と怒鳴っていた。その幸子が、番組後半では、どんなに経済的に苦しくてもスカイを手放そうとはしなかった。
 父は家の貯金箱から金をちょろまかしたりしていた。子供も同様にコソコソ悪さをしていた。別に、取り立てて変わった家庭ではない。ごく普通の、意思の疎通が希薄な家庭であった。
 ところが、スカイの病状が進行する頃には、スカイの腹水を抜いてやるために、家族みんなで協力するようになっていた。母が注射器を手にして、子供たちがスカイを押さえ、父が消毒してやる。みんなスカイのためにかかりきりになっていた。
 これこそ、ごく普通の一家が、スカイを中心に結束したことを示す場面であった。


 かつて日本では、子供も親と一緒に働くことが多かった。畑仕事にしろ漁にしろ、親から学ぶことが多かった。そこでは、親は仕事の師であり、職場のリーダーでもある。生活のすべてが親を中心に回っていた。
 ところがサラリーマンの時代になると、親は勤め先へ行ってしまい、子供にとっては何をしている人なのか判らなくなった。子供は子供で、学校で先生から学ぶようになり、親から教えてもらうことは少なくなった。
 こうしたことも、家庭から求心力が失われた一因かもしれない。
 池田信夫氏は次のように述べている。
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サラリーマンは子供に仕事を継承せず、子供は親とまったく別の学校というコミュニティで生活する。家で親と一緒にテレビを見たり電話したりするより、ケータイで友人と会話している。このノマド的なコミュニケーションを「世帯」単位でみることは無意味だ。社会のサラリーマン化によって、家庭という究極の中間集団も崩壊しつつあるのだ。
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 ところが、ペットには職場なんてない。学校もない。帰宅の途中で立ち寄る飲み屋もない。ただひたすらに家族の帰りを待ち、家族と一緒に過ごしたいと思うだけだ。
 現代において、空前のペットブームを迎えたのは偶然ではあるまい。
 家庭という集団が崩壊しつつありながら、ペットにとっては家庭だけが全世界である。そして家庭という集団を信じ続けるペットの存在が、家庭にとっても求心力として働くのかもしれない。

 番組サイトの作品紹介には、「壊れかけた家族に一匹の子犬が加わったことから始まる物語」と綴られている。
 まさしくこれは現代日本に顕著に見られる中間集団の崩壊に、抗う家族の物語だ。父はサラリーマンを辞め、子供にも判りやすい職業に就いた。家族はみんな小犬のために何ができるかを考えた。
 私たちが家庭に求心力を持たせたいと思うなら、そのための努力が必要なのだ。


 『犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』全9話を見てつくづく思うのは、タイトルに偽りなしということだ。ペットと暮らすということ、ペットを失うということ、そのすべてが描かれていた。
 多くの家庭が直面することなのに、ペットロスの問題を正面から取り上げたのもテレビドラマとしては珍しいだろう。
 ペットと過ごすことが、いかに私たちにとって大切か、それを改めて感じさせるドラマであった。


金曜ナイトドラマ「犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~」オリジナル・サウンドトラック犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』  [テレビ]
監督/本木克英、遠藤光貴、橋伸之、木内麻由美  脚本/寺田敏雄
出演/錦戸亮 水川あさみ 田口淳之介 武田航平 吹越満 杉本哲太 泉谷しげる 久家心 山崎竜太郎 鹿沼憂妃 森脇英理子
放映日/2011年4月15日~6月10日
ジャンル/[ドラマ] [犬]

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『犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』 違法なのは誰だ?!

 【ネタバレ注意】

 『犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』に触れる前に、テレビドラマ『デカワンコ』第5話「前世は犬だった!?」を紹介したい。『犬を飼うということ』第5話の重要性をご理解いただく上で、それが必要だと考えるからだ。

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『デカワンコ』 FILE.5「前世は犬だった!?」

 5年前にトイプードルのシロが行方不明になった和田刑事。彼は職務を放り出して、シロを捜し続けていた。
 紆余曲折の末、和田刑事は佐倉という家へたどり着く。佐倉家では5年前に拾った犬をタロウと名付けて可愛がっていた。
 その犬に和田刑事が「シロ!」と呼びかけると、犬は喜んでやってきた。この犬はシロに間違いない。
 和田刑事に駆け寄る「タロウ」を、淋しそう見つめる佐倉少年。
 和田刑事はシロを抱きしめながらも、辛い決意をする。シロと一日だけ過ごさせてもらうと、彼は少年に犬を渡すのだった。「5年間愛情を注いでくれた人と引き離せない」と云って。歯を食いしばって立ち去る和田刑事。
 捜査一課の面々は、花森刑事からその話を聞くと、しみじみと頷くのだった。
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 『デカワンコ』第5話は、和田刑事役の石塚英彦さんの熱演もあって、泣ける「いい話」になっている。

 この話を紹介したのは、作品の良し悪しや好き嫌いを述べるためではない。
 そこに失踪犬の帰属に関する重大な問題が含まれているからだ。
 ドラマは、佐倉家に少年を配し、視聴者の同情が佐倉家に向かうようにした上で、元の飼い主・和田刑事がみずからシロを手放すことにして、意見の衝突を回避している。


 しかし、現実にはこうはいかない。
 いなくなった犬を必死に捜していた元の飼い主は、とうぜん犬を連れて帰りたい。また、拾った犬とはいえ、それを可愛がってきた現在の飼い主は、いまさら手放したくはない。
 そのため双方が衝突することになる。

 『デカワンコ』第5話は、理屈や倫理の面からどうあるべきかを追求せずに、大の大人が子供から犬を取り上げることはないことにして、情に流された結末を迎えてしまう。
 テレビドラマはたかが娯楽なんだからそれでいい、という意見もあろう。
 だが、このようなドラマを広くテレビで放映することによる悪影響も考えられる。
 拾ったものを返さない。元の持ち主が困っているのに、自分のものにしてしまう。――これが犬でなかったら、良識に照らし合わせて誰にでも判ることが、愛らしい犬になったとたんに判断がおかしくなるのである。
 残念なことに、本来の飼い主による必死の訴えにもかかわらず、犬を返さないという話も耳にする。


 では、私たちはどのように行動するべきなのか。
 実は『デカワンコ』第5話には幾つもの違法行為がある。
 佐倉家は拾った犬を自分たちで飼うことにしてしまった。これは遺失物の横領だ。
 警察は、犬や猫に「首輪や鑑札がある場合」又は「拾われる前まで飼われていたと思われる場合」については飼い主の調査をしてくれるので、迷い犬を見つけたら警察に届けるのが道理である。

 たとえ首輪や鑑札が見当たらなくても、「拾われる前まで飼われていた」かどうか判らないことはないはずだ。現代の日本では、野生の犬や猫はまず存在しない。何らかの形で人間が介在しなければ、犬も猫も存在し得ないのだ。ましてやトイプードルのような犬種はペットとして飼われていた可能性が高い。犬や猫を特別視するのではなく、当たり前のこととして拾ったものは警察に届けるべきなのだ。
 そして、警察の調査にもかかわらず3ヶ月経っても元の飼い主が判明しない場合は、民法第240条により、拾得した者が所有権を得る。もしも和田刑事が愛犬を捜しておらず、警察による飼い主の調査にも引っかからなかったら、3ヶ月後には佐倉家が正式な飼い主になったことだろう。

 また、こんな風に思う人もいるかもしれない。
 「たとえ佐倉家が警察に届け出なかったとしても、5年も面倒をみたのだから元の飼い主以上に飼う権利があるのではないか」と。
 しかし、民法第162条によれば、所有権の取得時効は20年である。20年間、所有の意思をもって、平穏に(誰からも抗議されずに)公然と飼い続ければ、その犬の飼い主になることができる。だが、犬の寿命を考えると、20年の取得時効が成立することはないであろう。
 また、民法第162条2項によれば、飼い始めたときに、善意であり、かつ、過失がなかったときには、10年で取得時効が成立することになっているが、犬を拾った時点で警察に届け出ないのは「善意であり、かつ、過失がない」とは云えないだろう。

 このように、本来はとうぜんの権利として和田刑事が犬を連れて帰れるのだが、『デカワンコ』第5話ではそれを明確にせず、少年に犬を渡してしまう。
 そのため、5年も面倒をみたのなら元の飼い主と同等の権利があると、視聴者を誤解させかねない。
 ここでは、便宜上「元の飼い主」と表記したが、元も何も、飼い主は(権利を放棄するまでは)和田刑事ただ一人なのである。


 さて、長々とお付き合いいただいたが、ようやく『犬を飼うということ』の話に入れる。

 まず、本作の主人公たる本郷家がポメラニアンのスカイツリー(通称スカイ)ちゃんを取得した経緯をおさらいしよう。
 スカイは、スーパーの店先にいるところを店長に通報されて、動物愛護センターに引き渡された。動物愛護センターは、動物の愛護及び管理に関する法律第35条2項により、犬・猫の引き取りをその拾得者から求められた場合は拒めないので、スカイは動物愛護センターに引き取られるしかない。
 引き取られた時点で、スカイには鑑札も何も付いておらず、飼い主が捜している形跡もなかったので、狂犬病予防法第6条8項により、2日を過ぎたら殺処分されることになっていた。

 ここで本郷家が飼うことにしたのだから、それは「善意であり、かつ、過失がない」と云えよう。
 このまま平穏に取得時効が成立するのを待てば、スカイは正式に本郷家の犬となるところだった(10年かかるけど)。

 ところが、『犬を飼うということ』第5話では、本来の飼い主が捜していることが判ってしまう。
 ここで、水川あさみさんが演じる母・幸子が偉い!
 子供たちが可愛がっているのは重々承知した上で、情に流されず、飼い主に返さなければならないと諭すのである。
 もちろん、幸子が民法等の規定を知っているわけではない。拾ったものは返すという、当たり前のことをしているだけだ。
 そしてまた、目の前で泣いている子供だけではなく、どこかで犬を捜している見知らぬ人のことをおもんぱかってもいるのだ。
 私たちは、このように行動できるだろうか。


 第5話の最大のテーマはここにある。
 迷い犬は、どんなに可愛くても、懐いていても、本来の飼い主に返さねばならない。それが正しいことであり、大人は子供に正しいことを伝える責任がある。

 もっとも、視聴者はテレビドラマを理詰めで見ているわけではない。
 そこで、ドラマの作り手は、視聴者が感情的にも納得できるような仕掛けを用意している。
 それが、犬の飼い主が足の不自由な少年であるという設定だ。
 可愛がっていた犬をいまさら返すなんて本郷家がかわいそう、そう考えかねない視聴者に、行方不明の犬が戻らなければこの少年こそかわいそうだと思わせるのである。
 この仕掛けにより、安易に感情に流されることは食い止められ、視聴者に正しいことをしなければならないと気づかせている。
 理屈にのっとって下す結論と、感情に基づく結論とを一致させる見事な脚本である。


 驚くべきことに、第5話にはさらに第二、第三のテーマが込められている。
 第二のテーマは、人間の事情で犬を手放そうとする身勝手さである。
 ストーリー上は、あんなに捜していた飼い主が、スカイが病んでいることを知って慌てて手放す展開になっているが、これは少ない話数に様々なエピソードを盛り込むためのテクニックであろう。テーマとしては、失踪犬捜しと病気の犬を捨てることとは別物である。

 本作の第1話には捨てられた犬たちが登場したが、ここに至って捨てる飼い主が登場したわけだ。
 その飼い主は、必ずしも残酷な人間ではない。本人は、止むに止まれぬ事情があると思っている。
 しかし、それは身勝手な云い分でしかないことを、本作は示している。


 そして第三のテーマは、犬が死ぬまで一緒に暮らすということである。
 犬や猫は短命だ。
 彼らはせいぜい12~16年しか生きないので、ほとんどの場合、私たちは死別することになる。犬を飼うということは、犬を看取ることなのだ。
 だが、それは犬や猫に限らない。生きとし生けるものは、人間も含めて皆いつかは死別するのである。
 看取るか看取られるかは判らない。
 ただ、それを恐れたら暮らしていけないことは確かだろう。

 この第三のテーマについては、稿を改めて述べたいと思う。


[注] 文中の法令等は、2011年5月現在の情報に基づいている。


犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~ Blu-ray BOX犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』  [テレビ]
監督/本木克英、遠藤光貴、橋伸之、木内麻由美  脚本/寺田敏雄
出演/錦戸亮 水川あさみ 田口淳之介 吹越満 杉本哲太 泉谷しげる 久家心 山崎竜太郎 武田航平 鹿沼憂妃 森脇英理子
放映日/2011年4月15日~~6月10日
ジャンル/[ドラマ] [犬]
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『犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』 ガンダムを思わせる必見作!

 当ブログでは珍しいことなのだが、第2話を放映したばかりのテレビドラマ『犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』を取り上げよう。
 これは、犬を飼っている人のみならず、犬を飼おうとしている人や、犬は絶対に飼わない・飼わせないという人にも、きっと気付きや学ぶものがある、必見のドラマである。

 当ブログでテレビシリーズを取り上げるのは、すでに完結しているか、シリーズがかなり進行して作り手のメッセージが明確になってからにしている。そうしなければ、作品について語れないと思うからだ。
 しかし、『犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』には、第1話を見た時点で感服していた。そして第2話を見た今、あまりにも良質なので、この作品を取り上げずにはいられなくなった。


 世は空前のペットブームと云われて久しい。子供(15歳未満)の数を犬猫の数が大きく上回っている現代では、各家庭に犬や猫がいるのは何ら珍しいことではない。集合住宅でもペットの飼育を許可するのは当たり前、認めなければ資産価値が落ちてしまう世の中である。
 それもあってか、犬や猫を題材にした映画やテレビドラマは多い。
 本作の本木克英監督も2008年に『犬と私の10の約束』を撮っているし、脚本の寺田敏雄氏はテレビドラマ『盲導犬クイールの一生』(2003年)や『ディロン 運命の犬』(2006年)とその続編(2006年)、続々編(2008年)を書いている。

 しかし、私は思っていた。
 盲導犬やセラピー犬の物語もいいけれど、そもそも一般家庭にとっては犬がいるだけで大事件のはずだと。

 何しろ、食事をしたり、排泄したり、遊んだり暴れたりする存在が、ある日もう一人(一頭)増えるのだ。
 人間用の家具や雑貨、人間に便利な間取りは、犬にとってはまったく違う意味を持つ。人間にとってスリッパは足に履くものだが、犬にとっては振り回して遊ぶ物かもしれない。人間にとって木製の椅子は座るためのものだろうが、犬にとっては歯が痒いときにかじるためのものかもしれない。仔犬がいたら、床にスリッパは置けないし、家具の配置替えだって必要だろう。
 外出が長引いたら、人間は外食して済ませることもできるが、家に犬が待っているなら帰って食事させなければならない。
 だから、犬が家にやってきたら、生活の仕方も、家のあり様も、犬中心に変えなければならない。
 人間とは違う生き物を家族に迎えるのは、そういうことだ。

 したがって、『まほろ駅前多田便利軒』のように、何の準備もなくチワワを預かったり、アパートで飼い始めたりするのは困難だ。本来、犬を飼うには「犬の飼い主検定試験」に合格するくらいの知識が必要なはずなのだから。
 いや、現実には衝動買いや成り行きで飼い始めることもあるかもしれない。
 そして、やっぱり面倒見切れないとなると、『犬と猫と人間と』で描かれるような悲しい事態が起こるのだろう。
 現代の日本では、犬や猫(イエネコ)はほぼ完全に人間がコントロールしている生き物である。その善し悪しはともかく、人間の関知しないところで、野生の状態で生きるということはまずない。そのため、その生死も人間の行動の結果である。
 2009年度に殺処分された犬猫の数は、犬65,956匹、猫173,300匹、計239,256匹にも上るが、彼らは野生の状態で捕獲されたわけではない。この膨大な数は、人間が持ち込んだり、手放したりした結果なのだ。


 『犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』が素晴らしいのは、「ペットと暮らす」という平凡でありながら当事者には大事件であることを、可愛さでごまかしたりせずに、等身大に描いている点だ。
 「犬の排泄はどうしたらいいの?」
 「保険に入っていない犬を病院で診てもらったらどういうことになるの?」
 そんな基本的な部分から、犬のことを何も知らない家族の目を通して、きちんと描いている。

 ファンタジー風味のドラマ『マルモのおきて』では、見知らぬ犬を部屋に1日中いさせながら何の苦労も生じていないが、多くの家庭にペットがいてその苦労を知っている現在、苦労のないことがファンタジーである。
 食事や排泄等に気を使わなければ犬を飼えないことを示した『犬を飼うということ ~』は、たとえて云えば、ロボットアニメの歴史の中で『機動戦士ガンダム』がロボットに整備が必要なことを示した衝撃に似ている[*]。


 そしてまた気付かされるのは、人間が犬や猫をほぼ完全にコントロールしている以上、犬や猫に関連して発生するトラブルは人間が原因だということだ。人間の配慮不足や躾不足が、近隣住民との軋轢の元となる。その点について、本作はかなり手厳しい。
 主人公一家が面倒を見る犬・スカイツリーちゃんは、完璧に躾けられた子だ。決して無駄吠えしないし、そそうもしない。
 犬を飼うことに反対する人は、しばしば「うるさいから」「汚れるから」といったことを理由に挙げるが、このドラマは、それらは犬のせいではなくて、静かにさせない、きれいにさせない人間が悪いことを示唆している。
 もちろん、そんなに完璧には躾けられなくて悩んでいる飼い主も多いだろうけど、いずれにしろ諸々の問題は犬のトラブルではなく人間のトラブルなのである。

 このように、本作は「犬を飼うということ」の細部まで目が配られていて、犬猫が子供よりも多い時代に即した作品だ。


 そして本作が巧いのは、犬にまつわる問題を人間社会に投影し、犬への興味の有無に関係なく、誰もが共感したり、問題意識を抱けるエピソードに昇華させていることだ。
 殺処分されそうな犬を助けようとする話では、会社を辞めさせられるロートルの問題に重ね合わせ、登場人物に「彼だけ助ければいいのか!?」という一番痛いセリフを叫ばせている。
 ペット禁止の団地で犬を飼おうとする話では、子供の盗みに重ね合わせて、ルールとは何かを考えさせる。
 それを、教条的にならず、テンポの良いホームドラマとして見せているので、犬に興味のない人でも、この家族の今後に目が離せないだろう。

 本作の主人公の行きつけのバーの名は「CrossRoad」。主人公はここでいつも物想いに耽っている。
 なかなか意味深長なネーミングである。


 また、本作の楽しさの一つは、配役の妙だ。
 錦戸亮さんと水川あさみさんは、小学生の両親を演じるには若すぎるのではないかと思ったが、不器用な夫と口うるさい妻がなかなか似合っている。
 芸達者な吹越満さん、杉本哲太さん、泉谷しげるさんらも要所々々を押さえて流石である。

 そして何より、スカイツリー役のポメラニアンがかわいい!
 あぁ、やっぱり結論はそこか!


[*]主要キャラクターとして整備士が登場するロボットアニメとしては、『惑星ロボ ダンガードA』の先例がある。


犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~ Blu-ray BOX犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』  [テレビ]
監督/本木克英、遠藤光貴、橋伸之、木内麻由美  脚本/寺田敏雄
出演/錦戸亮 水川あさみ 田口淳之介 吹越満 杉本哲太 泉谷しげる 久家心 山崎竜太郎 武田航平 鹿沼憂妃 森脇英理子
放映日/2011年4月15日~6月10日
ジャンル/[ドラマ] [犬]
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