『孫文の義士団』 孫文は日比谷でカレーを食べる?

 日比谷公園の中には、数軒のレストランが樹木の陰に隠れるように建っている。それぞれ木々や池に馴染んでおり、風情のある趣きである。
 そのひとつ松本楼は、100年以上にわたってこの地にあり、2008年には福田康夫総理と胡錦濤国家主席の夕食会が開かれたことでも知られる。1階はハイカラビーフカレーが美味くて、昼時などいつも賑わっている。2階はフレンチレストランで、落ち着いた雰囲気の中、手頃な価格で料理を楽しめる。
 この松本楼が日中首脳の夕食会の場に選ばれたのは、そこがかつて孫文も訪れた店だからだ。松本楼の創業者・小坂梅吉と姻戚関係にあった梅屋庄吉(うめや しょうきち)は、孫文の革命運動を援助し、また孫文の結婚にも尽力した。

 映画『孫文の義士団』のエピソードに写真館の娘とのロマンスがあるが、奇しくも梅屋庄吉が孫文と知り合ったのも、庄吉が香港で写真館を営んでいるときだった。1895年のことである。
 やがて帰国した庄吉は活動写真を事業とし、後に日本活動写真株式会社すなわち日活を設立している。そして映画事業等の収益を孫文らの革命運動の援助に注ぎ込み、その額は現在の貨幣価値で1兆円にも及んだという。
 こんないきさつを知るならば、日本の映画ファンにとっても孫文は身近な存在となるだろう。


 その孫文の名を織り込んだ『孫文の義士団』とは、なかなか巧い邦題である。
 孫文は日本人にも馴染みがあるし、この邦題からは辛亥革命のころの激動の時代を背景としていることが判る。さらに、「義士団」は「義和団の乱」を連想させて、これまた動乱と戦いを予感させる。
 そして、『イップ・マン 葉問』でも凄まじいアクションを披露したドニー・イェンがキャスティングされているのだ。否が応にも期待は高まる。

 『孫文の義士団』の舞台は1906年、日本で革命勢力を統合した孫文は密かに香港に潜入し、武装蜂起の作戦会議に臨もうとする。これを清朝が見過ごすはずはなく、かくて清朝の暗殺団と孫文を守る義士たちの激しいが繰り広げられる(英題は「Bodyguards And Assassins」)。
 このプロットを聞いただけでも、ワクワクしてくることだろう。

 ところが、本作は全編アクションに次ぐアクション…ではない。待っても待ってもアクションシーンに突入せず、せっかく登場したドニー・イェンも木登りなんかしている。
 けれでも、アクションを抑えた前半がまたいいのである。ワン・シュエチー演じる親父さんが、革命運動に共感しながらも、息子を運動に巻き込みたくない親心を演じて泣かせるのだ。本作は群像劇であるが、前半はアクションしないこの親父さんが完全に主人公といえよう。

 そしてもちろん、後半は怒涛のアクションだ。香港の街を走る孫文たちを、暗殺者の群れが襲いかかる。
 たった二人を町中が襲った『3時10分、決断のとき』の方が凄い、なんて云ってはいけない。こちらは銃の撃ち合いじゃなくて肉体を駆使したアクションなのだから。


 このように『孫文の義士団』は緩急を付けながら飽きさせない映画だが、冒頭にいささか気になるセリフがある。革命運動家が民主主義について語る場面で、少数は多数に従うのが民主主義だと説くのだ。
 これは当時の状勢を考えれば、運動家として当然の発言である。折しも世は西太后の時代、自分の国が他国に食い荒らされているのに、一部の階級が権力を握ったまま有効な手立てを打てずにいるのだ。映画の文脈としては、おかしな発言ではない。
 しかし、この発言は同時に、多数を占める漢民族が少数民族を従わせれば良い、と聞こえなくもない。辛亥革命は必ずしも民族紛争とは云えないかもしれないが、漢民族の孫文たちが満州族の打ち立てた清朝を倒すという面があったのは事実である。
 権力者が変われば前の王朝や政権を罵るのは世の常であり、そのうえ清朝は漢民族の王朝ではないだけに、映画などでは悪者扱いされるのかもしれない。本作の清朝の扱いのみならず、たとえば歴史アクションドラマの傑作『香港カンフー ドラゴン少林寺』も、明の流れを汲む人々が清朝と戦う物語であり、反清復明運動の肯定が前提であった。

 とはいえ、本作が通り一遍の勧善懲悪に陥っていないのは、清朝側の暗殺者ヤン・シャオグオにも相応の信念があり、彼なりに礼儀をわきまえて行動するからだ。
 そのヤン・シャオグオが、捕虜となった革命家チェン・シャオバイと交わす会話は興味深い。彼らの立場は異なるが、それは現体制か新体制か、帝政か共和制かを巡る違いではない。アジアに西洋文明を持ち込むか否かで彼らは対立するのだ。
 たしかに、ここ数世紀は西洋文明が世界を席巻した。しかし、数十世紀にわたって大国であり続けた中国が、たかが数世紀のあいだリードしただけの西洋文明に組するのか。
 本作の作り手は、ヤン・シャオグオとチェン・シャオバイの会話に明確な結論は与えていない。ただ、『イップ・マン 葉問』ほどには反西洋を強調しないものの、革命の遂行と西洋化が同義であると観客が受け取らないように、反西洋の視点もあることを提示するための会話だったように思える。そこに現代中国の国情を見るのはうがちすぎか。

 文明の衝突について、金美徳氏は次のように述べている。
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20世紀は西洋文明の時代であったとするならば、21世紀はアジア太平洋文明の時代だと考えている。西洋文明とアジア太平洋文明という2つの文明が激しくぶつかり合う一方、収斂されながら22世紀にはより普遍的な文明を生み出すであろう。
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 さて、松本楼では毎年9月25日にカレーを10円で振る舞ってくれる。長蛇の列は必至だが、嬉しいサービスである。
 そこでは、孫文の夫人であり、中華人民共和国名誉主席でもある宋慶齢にゆかりのピアノ(国産第1号!)も見ることができる。


孫文の義士団 -ボディガード&アサシンズ- スペシャル・エディション [Blu-ray]孫文の義士団』  [さ行]
監督/テディ・チャン  制作/ピーター・チャン
アクション監督/トン・ワイ  スタントコーディネーター/谷垣健治
出演/ドニー・イェン レオン・ライ ニコラス・ツェー ファン・ビンビン ワン・シュエチー レオン・カーフェイ フー・ジュン エリック・ツァン クリス・リー サイモン・ヤム
日本公開/2011年4月16日
ジャンル/[アクション] [サスペンス]
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