『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』 毎日かあさん、時々とうさん

 自分が、恋人が、肉親が、難病に侵されて余命いくばくもないことが判ってしまったら、あなたはどうする?

 そんなテーマの作品が毎年続々と作られている。園子温監督が余命モノと名付けたこのジャンルは、昔から存在したものの、『世界の中心で愛を叫んだけもの』もとい『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)のヒットあたりから激増したように思う。
 テーマがテーマなだけに、個々の作品は真摯で感動するものが多い。
 とはいえ、こう続けて観ていると、不謹慎かもしれないが飽きが来るのは否めない。

 ところが、題材は難病なのに、ジャンルとしては余命モノなのに、他の作品から一線を画しているのが、『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』である。
 それは、劇中の医師のセリフが象徴している。
 「この病気だけは、誰も本気では心配してくれないんです。」

 たしかに、アルコール依存症の主人公には、心配というより呆れるばかりである。劇中の妻も母も、呆れ果てている。小さな子供たちもだ。
 もう酒は飲みません、と云ったその日から飲んでいる。少しだけのつもりが何本も空けている。そのあまりのダメさ加減に、映画館の観客だって心配も同情もしないだろう。

 にもかかわらず、悲しいかな他人事と突き放せない。
 主人公を演じる浅野忠信さんの顔を見ながら、自分も何度こんな空約束をしただろうと考えてしまう。少しだけのつもりで、何度まわりに迷惑をかけたことか。約束するときは本気なのだ。少しだから大丈夫だと思っているのだ。
 アルコールに限らず、そんな振る舞いに、誰しも思い当たるのではないだろうか。
 何ごとも、常習性を帯びてしまうと、なかなか止められるものではない。あるいは、普段やらなかったこと(たとえば禁酒)を、やり続けるのはたいへんだ。そんな人を、意思が弱いと嗤うのは簡単だが、どれだけの人に嗤う資格があるだろう。

 そんな風に思わせるのは、毎度のことながら浅野忠信さんの名演技による。
 『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』(2009年)での自殺を図るダメ作家も実にいいダメっぷりだったが、今回の酒が手放せない男も、どうしようもなくいい男である。浅野忠信さんが演じたればこそ、観客は自分を重ね合わてしまうだろう。
 ときどき現実と幻覚の境目がなくなり、心の声がいつの間にか漏れ出てしまう怖い演出と相まって、目が離せない118分である。


 ただ、本作のトーンを決定付けているのは、主人公が孤独ではないという点だ。彼を取り巻く家族たちの眼差しは暖かい。
 その一点で、本作は観客に救いを示す。
 それは、本作の原作が、夫であり父であり、アルコール依存症患者であった鴨志田穣氏の筆によるからだろう。彼の目に映る妻は慈愛に満ちており、子供たちは賢く聞き分けが良い。

 逆に、妻であり母である西原理恵子氏が原作の『毎日かあさん』では、もう少し複雑だ。
 彼女は、夫の暴力に悩み、子供たちを心配する。本作ほど、笑顔ばかりで彼を受け止めているわけではない。
 そのギャップこそが、彼にとって妻がいかに愛しい存在だったかを表している。

 映画は、この家族が、離婚という別れと、死別という第2の別れを迎える中での、ある断面を切り取ってみせる。それはときにコミカルであり、ときに陰鬱であり、私たちの人生がそうであるように決して単純な色合いではない。

 本作の主人公は、一度は手に入れた「家族」を手放すはめになってしまった。酒をやめられなかったからだ。
 そんな男にとって、「酔いがさめたら」という仮定は悲しく、「うちに帰ろう」という言葉は重い。家族と別れてから、ずっとそう思っていたのだろう。もちろん、ここでの「うち」は建屋としての家ではなく、家族が待っているところ、彼が安堵できるところである。
 皮肉なことに、その「うち」は、彼がいなくなることで平和になる。妻は夫の暴力から逃れ、子供たちは父の罵声を聞かずに済む。
 しかし、家族はそんな平和では喜べない。
 
 いまや会社も地域社会も、人々が所属する中間集団は解体しつつある。単身世帯は増加の一途をたどり、人は家族という集団からも自由になろうとしている。

 とはいえ、人は群れを作る動物である。集団の一員であることによる安堵は手放せない。
 やっぱり帰るところが恋しいのだ。自分にとって「うち」と呼べるところが。
 もしもそれを見つけたなら、酔っぱらう前に、うちに帰ろう。


酔いがさめたら、うちに帰ろう。 [Blu-ray]酔いがさめたら、うちに帰ろう。』  [や行]
監督・脚本/東陽一
出演/浅野忠信 永作博美 市川実日子 利重剛 高田聖子 螢雪次朗 光石研 香山美子 柊瑠美
日本公開/2010年12月4日
ジャンル/[ドラマ]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 (document.title)+'&u='+encodeURIComponent(location.href)+'&ei=UTF-8','_blank','width=550,height=480,left=100,top=50,scrollbars=1,resizable=1',0);">Yahoo!ブックマークに登録

【theme : 邦画
【genre : 映画

tag : 東陽一浅野忠信永作博美市川実日子利重剛高田聖子螢雪次朗光石研香山美子柊瑠美

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
最近のアクセス数
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示