『ショーシャンクの空に』 そしてブログは回帰する

 【ネタバレ注意】

 永劫回帰――ニーチェが提示したその考えを一言に集約しようなんて、哲学者諸氏のお叱りを受けるかもしれない。
 無謀を承知で敢えて云おう。永劫回帰、それは「明日も今日とおんなじかもしれないよ」ということだ。

 私はこれまで、『冷たい熱帯魚』で能動的ニヒリズムを、『海炭市叙景』で受動的ニヒリズムを取り上げてきた。
 けれども、それらよりさらに重要な考えが永劫回帰だ。

 映画『ショーシャンクの空に』を例に取ろう。
 この映画の主人公アンディは、終身刑でショーシャンク刑務所に収容される。まだ若いのに残りの人生を塀の中で過ごすことが決まってしまったアンディが、日々をどう生きるか、それがこの映画の主題だ。

 囚人たちは、決められた労働に従事し、休憩時間にはおしゃべりしたりキャッチボールしたりして、漫然と数十年の時間を過ごしていく。
 囚人によっては、10年に1度くらい仮釈放のチャンスがある。そのときは自分がいかに真人間に更生したかを力説して仮釈放を求めるのだが、ほとんどの場合それは受け入れられない。囚人たちは、その失望を「残念賞」と呼んで慰め合う。

 だが、アンディは違った。同じ刑務所にあっても、漫然と過ごすことなく、持てる才覚と労力を惜しみなく発揮した。
 銀行家だった彼は、刑務官のために税の申告書を書いてやろうと申し出る。
 また、図書室の本を充実させるために、議会に毎週手紙を書いた。周りが「刑務所の図書室になんか予算を割いてくれないよ」と止めても、「時間はある」と笑うばかりだ。
 さらに彼は、密かに脱獄用の穴を掘り続けた。削った壁土を一握りずつ捨てて、少しずつ少しずつ、壁の傷を窪みに、窪みを穴にしていった。

 映画の結末をばらしてしまうと、アンディは刑務官たちの税務アドバイザーとして活躍し、図書室の閲覧環境を改善し、やがて脱獄に成功する。
 だからこの映画を観て、「希望を持ち続ければいつか叶うのだ」という教訓を引き出す人がいるかもしれない。


 しかし、私はそうは思わない。

 アンディの手紙に議会が反応するまでには、実に6年もの歳月を要している。その間、毎週書き続けた手紙が読まれているのか、いや誰かの手に渡っているのかさえ、アンディには判らなかった。その挙句に、ついた予算はたった200ドルだ。これだけでもゼロに比べれば大きな成果だが、アンディは満足せず、今度は週に2通の手紙を書き始める。

 また、穴を使って脱獄するには20年を要している。20年もかかったとみるか、20年しかかからなかったとみるかは意見の分かれるところだろうが、一つ重要なのは、彼が20年で脱獄できるとは知らなかったということだ。壁がどれほど厚く、どれだけのペースで掘れば出られるのか、彼には知るよしもなかった。20年で脱獄できたのは偶然で、もしかしたら600年かかっていたかもしれない。
 それでもアンディは掘り続けた。
 いつか成功すると確信していたから?
 違う。ポイントとなるのは、囚人仲間のレッドがアンディの脱獄を知った後につぶやいた言葉だ。
 「彼は穴を掘り続けることで正気を保っていたのだ」

 希望が叶う見込みがあるから努力するのではない。
 それが動機なら、5年掘ってもどこにもたどり着かないことで、彼は失望したかもしれない。10年掘ってもどこにもたどり着かないことで、絶望したかもしれない。15年掘ってもどこにもたどり着かないことで、発狂していたかも知れない。たまたま20年で掘り当てたが、もしも30年経っても40年経ってもどこにもたどり着かなかったら、彼はどうなっていただろうか。
 彼は、勝算があったから掘ったのではない。掘り続ける努力を放棄したくないから掘ったのだ。

 議会に毎週手紙を出したのも同じことである。彼は6年目にして遂に議会に予算を付けさせることに成功するが、手紙を出せば予算が付くなんて、何の根拠もないことだった。
 あなただったら、誰も読まないかもしれない手紙を何年も何年も毎週律儀に出し続けられるだろうか。


 映画は娯楽作品だから、物語の展開上、議会が図書の予算を認めたり、図書室を改善できたりする[*]。また、アンディの脱獄を正当化するために、彼は無実の罪で投獄されたことになっている。
 しかし、そんなことよりも、あなたはこの映画の尋常ではないタイムスパンに驚くだろう。塀の中でのほとんど変わらぬ毎日の繰り返しだけで、10年、20年という時間が流れていく。
 これは通常なら大河ドラマを描く時間だ。一代記、いや年代記が描かれてもおかしくはない。
 ところが本作では、この長大な時間を使いながら、同じ場所で、同じ人々と、ほぼ同じことを繰り返すのみなのだ。これこそが、本作を他の映画から際立たせる特徴である。

 そして、その時間の中では、並みの映画ならあるはずの因果関係がない。アンディが何をしても、ほとんど何も変わらない。外へ出られるわけでもない。真犯人に復讐できるわけでもない。小さな変化はあるけれど、所詮なにをしたって、刑務所の塀の中で管理され続けるのは変わらない。一方的に暴力を振るわれることもある。

 もしも、アンディが未来に対して具体的な望みをかけていたなら、いつまで経っても望みが叶わないことに失望しただろう。残念賞だけが続く毎日に、怒りを覚え、運命を呪うようになったかもしれない。
 「明日は今日より良くなるはずだ」という期待は、翌日になって何も変わらなかったときに人を落胆させる。明日、ご褒美がもらえると思って今日を生きた人は、ご褒美がもらえなかったときに、今日やったことは無駄だったと思うだろう。落胆が続けば、人は何もしなくなる。褒美をもらうことが動機である限り、何の反応もないことに5年も10年も打ち込むことはできない。
 しかし、人が何かの行為をするのは、ご褒美がもらえるからばかりではない。行為そのものが楽しかったり、好きだったり、充実感を覚えたりするからでもある。

 落胆しない秘訣、それは明日に期待を抱かないことだ。
 「明日も今日とおんなじかもしれないよ」
 その前提を受け入れて、今日をより良くすることだ。明日が今日と同じであれば、今日が充実すれば明日も充実する道理である。
 アンディとて、努力がいつ報われるかなんて知らなかった。
 しかし、手紙を書いたり、穴を掘ったりせずにはいられなかった。今日をより良くしようと努めなければ、正気を保てなかったのだ。
 本作のアンディは、最初からそうだった。見返りを求めたり、計画的に何かを達成しようとして行動していたわけではない。刑務官がふるまうビールにも、彼は手をつけない。ただ今日を充実させるために、才覚と労力を注ぎ込んだのだ。

 象徴的なシーンがある。
 レッドは仮釈放を望んでいたが、拒否されてばかりだった。いつも囚人仲間と残念賞を慰め合っていた。
 ところが、仮釈放を望む気持ちを超えて、今の自分に真剣に向き合って生きるようになったとき、物語の作り手は彼を仮釈放する。そのときすでにレッドにとっては、塀の中か外かなんて重大事ではなくなっていたのだ。


 囚人たちは刑務所を嫌い、外へ出たいと思っている。しかしそれにもかかわらず、漫然と時間を過ごすうちに刑務所暮らしが体に染み付いていき、外の世界に踏み出せなくなってしまう。彼らは受動的ニヒリズムに囚われて、自分で自分をそこに縛りつけてしまうのだ。
 一方アンディは、同じ刑務所の中にいて、明日も刑務所暮らしだと判っていながら、現状を変えるべく毎日たゆみなく努力している。それと同時に、外の世界に踏み出せない囚人には、塀の外だって素晴らしいことを説く。そんなアンディは、能動的ニヒリズムの持ち主だ。彼は、明日のご褒美を期待しているのではなく、今日努力することに価値を見出しているのだ。
 劇中で、アンディは云う。「必死に生きるか、必死に死ぬかだよ。」


 私たちの人生も同じだ。私たちは、地球というちっぽけな星から出られない。管理もされれば、暴力にさらされてもいよう。ここでは、住み家に縛られて漫然と過ごすこともできるし、現状を変えるべく毎日努力することもできる。
 いずれにしたって、明日もおそらく今日と同じように、地球の上で、管理され、暴力にさらされるだろうが。
 それでも、人生をどう過ごすかを選ぶことはできる。

 「時間はある。」
 私たちには、死ぬまでの時間がある。
 その時間の中で、明日に希望や救済を求めずに今を生きる。今日も、明日も、明後日も。それが永劫回帰ということだ。

(ダ・カーポ)

[*] 本作の本来の結末はハッピーエンドではなかったが、試写の反応を見てハッピーエンドに変えたそうだ。


ショーシャンクの空に [Blu-ray]ショーシャンクの空に』  [さ行]
監督・脚本/フランク・ダラボン  原作/スティーヴン・キング
出演/ティム・ロビンス モーガン・フリーマン ウィリアム・サドラー ボブ・ガントン ジェームズ・ホイットモア クランシー・ブラウン ギル・ベローズ マーク・ロルストン
日本公開/1995年6月3日
ジャンル/[ドラマ]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : フランク・ダラボン ティム・ロビンス モーガン・フリーマン ウィリアム・サドラー ボブ・ガントン ジェームズ・ホイットモア クランシー・ブラウン ギル・ベローズ マーク・ロルストン

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