『おと・な・り』のあざやかさ

おと・な・り 最近、あざやかな幕切れの映画を見ないのが気になっていた。

 たまたま私のめぐり合わせが悪かったのかも知れない。
 しかし、クライマックスを過ぎてもエピソードが続いたり、後日談がくっついたりする映画を観ることが続いていた。
 それも悪くはないのだが、ハッとするような終わり方をする映画が、私は好きだ。

 たとえば、『心の旅路』や『男と女』など。せめて『恋におちて』(小林明子の歌ではない)。
 クライマックスに向けて盛り上げに盛り上げ、観客を焦らしまくり、観客は裏切られるたびに期待を高められ、もう我慢できないというところで最高のクライマックスを迎えて、そのままあざやかに終わってしまう映画。
 その後の2人は…とか、置き去りにされたあの人は…なんて野暮なシーンは出てこない。

 なんといっても映画のクライマックスが1番感動するのだから、そこで終われば1番の感動を胸にしたまま映画館を出ることができる。
 エピローグを充実させた映画を観れば観るほど、逆にクライマックスの1分後には終わってしまう映画を観たくなる。


 さらに、これはほとんど諦めていることだが、エンドクレジットに流れる楽曲が感動を薄めてしまうことが多い。
 作中に出てこなかった旋律をとつぜん奏でられるくらいなら、クライマックスで流れた曲やオープニングの歌を繰り返してくれた方が良いのだが、そういうわけにはいかないのだろう。

 せっかく感動した後に、作中人物にも作中のシーンにもまったく結びつかない楽曲や歌声を聴いていると、どんどんどんどん白けてくる。いや、楽曲を提供した人は、ちゃんと映画のイメージを大事につくったのだろうが、よほど本編の肌合いと合っていない限り、映画とは別の作品に感じてしまう。

 だから、『トウキョウソナタ』のようにエンドクレジットに曲を流さないのは一つの見識だ。
 好例としては、『崖の上のポニョ』のように本編の楽しさを補強する歌が流れるものや、『スター・ウォーズ』や『フラッシュ・ゴードン』('80)のようにオープニングから一貫した調子の曲で覆い尽くすものがあるけれど、そこまでの映画にはなかなか出会えない。

 だから、あざやかな終わり方で、エンドクレジットにも白けない映画を、とても観たかった。
 『おと・な・り』を観にいって、本当に良かった。


 隣の住人がかける掃除機の音に励まされた、という脚本家まなべゆきこさんの体験をもとにしたこの作品は、スタッフ・キャストとの信頼感に溢れている。

 なんといってもセリフが少ない。
 映画の出だし、最初の音を聞いた瞬間から「音」を重視した作品であることが判るのだが、様々な生活音はするものの人物のセリフは思いのほか少ない。喋っていても交わされるのは日常的な会話ばかりで、人物の想いはセリフでは語られない。

 これは脚本家が本当に監督を信頼している証だろう。
 セリフに書かなくても、映像で語ってくれるという信頼感がそこにはある。
 その信頼に、監督も役者も見事に応えている。

 公式サイトによれば、もともと監督と脚本家が一緒に考えた企画だとか。さもありなん。
 読売新聞(2009年5月29日夕刊)の対談では、主演の岡田准一さんが、隣の部屋の音にどう反応するか脚本に書かれていなくて苦労したことを語っている。


 『60歳のラブレター』がセリフでしっかり語りつくすのとは対照的である。
 もちろん『60歳のラブレター』は対象とする客層や環境が『おと・な・り』とは異なるので、それはそれで正解なんだろうけど。


おと・な・りおと・な・り』  [あ行]
監督/熊澤尚人 脚本/まなべゆきこ 録音/古谷正志
出演/岡田准一 麻生久美子 谷村美月 池内博之 市川実日子
日本公開/2009年5月16日
ジャンル/[ロマンス] [青春] [ドラマ]
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tag : 熊澤尚人 岡田准一 麻生久美子 谷村美月

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