『人生万歳!』 なぜ今この作品なのか?

 ウディ・アレンは、なぜ今になってこの作品を世に送り出そうと考えたのか?
 『人生万歳!』に感じた疑問はそれだった。

 本作の脚本は、元々70年代にゼロ・モステルを主演に迎える予定で書かれたものだ。ところが1977年の彼の死により、この脚本はお蔵入りしてしまう。2008年、全米俳優組合のストライキが噂されると、急いで映画を撮り上げる必要を感じたウディ・アレンは、この脚本を引っ張り出して完成させたのだという。
 映画の制作は2008~2009年、熾烈な大統領選において、民主党のバラク・オバマが「Change」を訴えていたころである。いくらストライキ回避のためとはいえ、30年以上前の脚本を今になって世に問うからには、ウディ・アレンなりの「時代の要請」を感じたに違いない。
 それはいったい何なのか?

 米国在住の高濱賛(たかはま たとう)氏による近年の米国に関する記事を読んで、腑に落ちるものがあった。

  オバマ政権下で深まる「国内分裂」と「狂気の銃弾」
  アリゾナの「政治テロ」の背景に淀む「空気」

 高濱賛氏は、記事の中で、立て続けに起こった政治テロ及び未遂事件を取り上げている。
 一つは、2011年1月8日、米西部アリゾナ州ツーソンで、民主党のガブリエル・ギフォーズ下院議員が銃撃されたこと。
 もう一つは、1968年に暗殺された公民権運動指導者マーティン・ルーサー・キング牧師の誕生日を祝う1月17日に、西部ワシントン州のパレード・ルートに時限爆弾が仕掛けられていたこと。
 高濱賛氏はそれらの事件に触れながら、いま米国では保守派とリベラル派との意見対立が深化し、先鋭化し、暴力的になっていると述べる。
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 意見対立を煽りたて、「銃の文化」の存続の旗振りをしているのは、なにをか言わん、アメリカの一部メディアである。

 保守系の一部メディアは、分裂の溝をさらに押し広げるべく、無教養で品のないアジを繰り返してきた。主な旗振り役を演じてきたのは、ビル・オーライリー、ラッシュ・リンボー、グレン・ベックといったテレビやラジオのコメンティターだ。
(略)
 厄介なことに、これら保守反動ラジオやテレビが他の局を上回る視聴率を誇っている。特に「中西部や南部の教育程度の低いプアホワイトには馬鹿受けしている」(中道良識派のスティーブ・クレモンズ「ニューアメリカ財団」副理事長)のが実情だ。
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 60~70年代にカウンターカルチャーが勃興し、性の解放が叫ばれ、米国は変化した。
 にも関わらず、いまや保守反動が吹き荒れて、人々の間に対決と憎悪が強まっている。
 ニューヨークでの制作費高騰を避けて、2005年以降はヨーロッパで映画を撮ってきたウディ・アレンが、敢えてニューヨークを舞台にした『人生万歳!』を発表したのは、このような米国の状況に危機感を抱いたためではないだろうか。

 高濱賛氏の記事は続く。
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 なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。

 1つには、アメリカ全体が内向きになり、意見対立の対象が、自分の身の周りの「食うこと」、「住むこと」に絞られてきたからではないだろうか。

 冷戦構造が崩壊し、アメリカ人が一致団結して戦う敵はいなくなった。2001年9月11日の米東部同時多発テロに直面し、イスラム教過激派という共通の敵を見つけたはずだった。しかし、あれから9年もたち、「報復」で始まったアフガニスタン戦争もイラク侵攻も今では遠い彼方の出来事になってしまった。

 大統領がクリントン→ブッシュ→オバマと継承されるなかで、アメリカ人は急速に内向き傾向を深めた。
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 ウディ・アレンによれば、30年前の脚本を引っ張り出すに際しては、社会的・政治的なネタは見直したものの、スクリプトは同じだという。
 『人生万歳!』の登場人物たちは、まるで60~70年代をなぞるかのようにカウンターカルチャーに触れ、性の解放を体験し、その変化を歓迎する。そこでは中西部や南部の教育程度の低い白人、絵に描いたような共和党支持者を茶化す一方、高等教育を受けた東部の白人の嫌味ったらしさもネタにする。
 この映画が公開される数ヶ月前、米国の大統領は、8年務めた共和党のジョージ・W・ブッシュから民主党のバラク・オバマに変わった。興味深いことに、かつてウディ・アレンが脚本を用意していた1977年も、共和党のジェラルド・フォードから民主党のジミー・カーターに変わる年だった。

 本作は保守反動へのカウンターであるとともに、対決と憎悪に染まりつつある人々を笑いで解きほぐす。
 そして世界は LOVE & PEACE に溢れていることを思い出させるのだ。


人生万歳! [DVD]人生万歳!』  [さ行]
監督・脚本/ウディ・アレン
出演/ラリー・デヴィッド エヴァン・レイチェル・ウッド パトリシア・クラークソン ヘンリー・カヴィル エド・ベグリー・Jr
日本公開/2010年12月11日
ジャンル/[コメディ]
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『人生万歳!』 楽しい映画をありがとう!

 もう上映期間も終了間際だというのに、映画館は意外に混んでいた。私と同じように考えた人が多いのだろうか。
 時間の都合がつかないので、『人生万歳!』のロードショーに行くのは見送ろう、いったんはそう考えた。
 しかし、本作は恵比寿ガーデンシネマの最後の上映作品だ。
 なんとか恵比寿で観たい。
 そう考え直して、映画館に足を運んだのである。

 『人生万歳!』は格差婚を描いた作品だ。
 男女を隔てる壁は様々だが、この映画で問題となるのは知性の格差だ。自称天才の元物理学者と、ミスコン荒らしをしていた無教養な田舎娘との、「知性格差婚」の日々が綴られる。
 これがもう爆笑なんである。二人のすれ違った会話がおかしくてたまらない。
 彼らを取り巻く人々も楽しい。典型的な共和党支持者がコロリと転向してしまう様は愉快である。
 そして誰もが変化を恐れない。変化を受け入れ、それを楽しんでいる。その姿には大いに励まされ、そしてやっぱり笑ってしまう。

 本作はウディ・アレンの監督40作目だが、ウディ・アレン本人は出演していない。けれども、ヘンなオヤジが早口でまくしたてるのを聞いていれば、ウディ・アレンを見るようで嬉しくなる。


 こうして恵比寿ガーデンシネマの最後の作品に楽しい思いをさせてもらったが、正直なところ、私はあまりこの映画館を利用していない。
 近場のシネコンでSF映画やアクション映画を見れば満足の私にとって、恵比寿ガーデンシネマはいささか敷居が高かったし、恵比寿ガーデンプレイスという街そのものが、私なんぞにはお洒落すぎるように感じた。

 だが、恵比寿ガーデンシネマはいい映画館だった。
 館内がきれいだとか、客席の座り心地がいいとか、良い点はたくさんあるが、最も感心したのは場内を飲食禁止にしていたことだ。もっとも、水分補給が断たれると困る人がいるためか、さすがに飲み物の持ち込みだけは許可するようになったが、食べ物は最後まで禁止し続けた。
 当然の配慮だと思う。

 映画は映画館で観るようにしている私だが、その思いを挫けさせるのが観客のマナーである。
 上映中に喋る人や、前の座席に足がぶつかっても平気な人は困りものだが、一番気になるのが場内で食べる人だ。包装をいじる音が響く上、咀嚼する音まで聞こえてくるし、臭いも漂ってくる。
 映画館は映画を観るところなんだから、たかだか2時間程度の上映中にポップコーン等を食べなきゃいけない理由はないはずだが、なぜかみなさん手に手に食べ物を持って客席にやってくる。特に、お昼頃や夜の上映では、食事を兼ねている人も見受けられる。
 私は、うるさい人が近くにいたらすかさず注意することを心掛けているものの、こちらも映画を観ている身なので、声をかけるタイミングに悩む。映画に集中したいと思いつつ、周囲の動向にも気を配り、タイミングを見計らうのは大きなストレスだ。映画の印象にも影響する。

 この問題を解決する決定打は簡単なことだ。飲食禁止にすれば良いのである。
 ところが、それがなかなか出来ない。理由の一つは、映画館の経営において飲食物の売り上げが重要だからだろう。映画館は映画のチケット代だけを収益としているわけではない。映画館にとっては、ジュースを飲んでポップコーンを食べて、パンフレットやグッズを買う客はいい客だ。
 でも、飲食をうるさく感じる人がいるのも事実なので、映画館側は、開封の音をさせずに食べられるようポップコーンをカップに盛ったり、音のしにくい包装を工夫したりしている。にもかかわらず、外部から飲食物を持ち込む客が後を絶たない。困ったものだ。

 そんな中、ハッキリと食べることを禁止した恵比寿ガーデンシネマに、私は敬意を払っていた。この映画館なら、安心して映画に浸れると信じていた。
 それなのに、恵比寿ガーデンシネマが休館するのはたいへん残念である。

 これまで、面白い映画の数々を気持ちよく観ることができたのは、スタッフのみなさんをはじめ多くの方のご尽力によるものだろう。
 ここに感謝を表したい。


人生万歳! [DVD]人生万歳!』  [さ行]
監督・脚本/ウディ・アレン
出演/ラリー・デヴィッド エヴァン・レイチェル・ウッド パトリシア・クラークソン ヘンリー・カヴィル エド・ベグリー・Jr
日本公開/2010年12月11日
ジャンル/[コメディ]
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