『白いリボン』 恋の行方も?

 【ネタバレ注意】

 涙を流す少年のアップ。ポスターのこんなモノクロ写真を見て、私はてっきり『白いリボン』は暗くて退屈な映画だろうと思い込んでしまった。よもやミステリ仕立てでワクワクさせる、こんなに面白い映画だとは思わなかったのだ。

 白いリボンを、スクリーンに映して見せるのは難しかろう。言葉で「白」といっても、人が思い浮かべるのはクリーム色に近いものや青味がかったもの等、様々だ。ましてや、それが無垢と正直の象徴となれば、わずかな汚れや、照明が作る翳りすら許されない。
 だから映画『白いリボン』が、モノクロなのは理に適っている。
 本作は、スクリーンに色を映すのではなく、観客に「このリボンは白い」と想像させる。

 映画から色彩を剥ぎ取った本作は、さらに音楽も剥ぎ取り、カットバックのような技巧も剥ぎ取り、舞台となる村を可能な限りむき出しにする。
 そこに描かれるのは、どこにでも誰にでもある、ごくごく普通の欺瞞と悪意とコミュニケーションの断絶である。例えば、あなたの陰口を発した者や広めた者が誰なのかあなたには判らないように、例えば、学校であなたの上履きを隠した者がいつまで経っても裁かれることはないように、あなたを取り巻く悪意が確かに存在しても、名指しで指摘することはできない。ただ、周囲の悪意のみがひしひしと感じられる。
 本作は、そんなことをあなたに思い出させ、緊張を強いるだろう。


 白いリボンは、牧師が子供たちにを結んだものだ。
 かつて子供たちが産まれたばかりのころにも、無垢でいるようにと白いリボンを結んだという。そしてまた、子供たちが不正直だと感じるとリボンを結ぶ。リボンが解かれるのは、子供たちが無垢と正直さを身に付けたときだ。
 しかし、あにはからんや人間は無垢になったりしない。正直にもならない。牧師が厳しく躾ければ躾けるほど、子供たちは欺瞞と悪意を成長させる。
 劇中に登場する無垢な人間、それは大人の云うことが良く判らない幼児である。傷ついた小鳥を救おうと無邪気に振る舞う幼児は、まだ牧師の厳しい躾けを経験していない。
 しかし、幼児といえども「死」の概念を理解し、大人が嘘つきであることを知ったとき、みずからも反抗することを知る。

 牧師は欺瞞の象徴だ。
 人々、とりわけ家族に厳格さを求め、罪深いことから目を背けようとする。その欺瞞と厳しさこそが家族を苦しめているのに、気付こうともしない。
 一方、欲望の象徴とも云えるのが医者だ。彼は自分の欲望のままに生き、人を傷つけることも気にしない。
 医者も牧師も人の生死にかかわる職業であり、村人の尊敬を集めている。映画は、そんな彼らの対照的な本性を描きつつ、いずれも無垢でも正直でもない人物として象徴的である。

 さらに本作には、豊かな貴族や貧しい小作人たちが配置され、いずれの家庭にも欺瞞と悪意とコミュニケーションの断絶が存在することを描き、貴族の腐敗や貧民の困窮といった偏った物語になることを慎重に避けている。
 少年も少女も青年も大人たちも、各々がそれぞれの悪意を放ち続ける。

 本作で唯一ホッとさせられるのは、教師と乳母との愛情だ。しかし、それとて絶対ではない。二人のコミュニケーションは断絶しており、乳母は二人だけで森に行くことを拒む。
 これらの場面に観客は不安を募らせ、それと同時にセリフでは語られない背後にあるものを想像してドキドキしてくる。
 なにしろ、教師が語る後日談には、彼ら二人の行く末すら出てこない。あぁ、恋の行方も観客の想像に託されるとは。


 やがて村にサラエボ事件の報が届く。
 ときは1914年、この一報により、忌まわしいその村はどこかの知らない土地ではなく、私たちの住むところと歴史に繋がった世の中の一部なのだと思い知らされる。

 この映画の素晴らしいところは、カタルシスがないことだろう。
 なぜなら私たちの毎日には、カタルシスなんかないのだから。


白いリボン [DVD]白いリボン』  [さ行]
監督・脚本/ミヒャエル・ハネケ
出演/クリスティアン・フリーデル レオニー・ベネシュ ウルリッヒ・トゥクール フィオン・ムーテルト
日本公開/2010年12月4日
ジャンル/[ミステリー] [ドラマ]
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