『ヤコブへの手紙』 世の中から必要とされていないのは誰だ?
【ネタバレ注意】
場内は号泣であった。
たった1時間15分の映画の中に、人を、人生を深く考えさせるものが詰まっていた。
『ヤコブへの手紙』の内容は驚くほどシンプルだ。
主要な役者は三人しかいない。盲目の老牧師ヤコブ、ヤコブに手紙を読み聞かせることが仕事のレイラ、手紙を届ける郵便配達人、それだけだ。ほぼすべてのシークエンスが牧師館で描かれており、まるで舞台劇のようなシンプルさだ。
にもかかわらず、本作は実に映画らしい輝きに満ちている。
大きく映し出される食器や皺だらけの手、裏庭に座るヤコブとレイラに降り注ぐ陽の光、そして雨上がりのぬかるんだ地面など、私たちが見落としがちなもの、気にしないであろうものを、丹念に拾い集めて画面に収めている。
その寂しさと静けさに満ちた光景は、映画ならではのものだろう。
セリフも多くはない。
恩赦により12年ぶりに刑務所を出たレイラは寡黙だし、ヤコブ牧師は信仰は口にするものの雄弁ではない。郵便配達人はたまにしか訪ねてこない。
だからこそ、一つひとつのセリフが大切だ。
そして多くの沈黙が、もう一人のことを思わせる。
この映画には、主要な役者は三人しかいないのだが、もう一人重要なキャラクターがいる。
神だ。
神の御業により、ヤコブとレイラは大きく変わる。
『ヤコブへの手紙』というタイトルから判るように、本作は新約聖書の「ヤコブの手紙」(ヤコブ書)を意識している。それはイエスの兄弟ヤコブが書いたといわれ、信仰を持つ者に必要な行いを説いたものだ。特に第2章26節の「行いのない信仰は死んだものである。」という点が、本作にかかわるところだろう。
本作のヤコブ牧師の信仰はどのようなものか。
彼は、子供の頃から聖書を読んでもらうのが大好きだった。すぐに聖書を覚えてしまい、人々に聖書の内容を教えてあげるようになる。そして長じて牧師となり、今では祈りを求めて届いた手紙に、聖書の文言を引用しながら返信している。
だが、それは単に聖書に詳しいというだけのことではないのか。
もはや、寂れてしまった村に教会を訪れる人はおらず、洗礼式も結婚式も執り行うことはない。牧師館の外の世界と彼を結ぶのは、ただ祈りを求める手紙だけである。
手紙が届くことだけを心の支えとしている彼は、あまりにも孤独であった。
一方レイラは、ある意味で超人である。
彼女は信仰を必要としない。神に祈ることもない。誰にも頼らないし、誰からも頼られるつもりはない。一人で超然と生きていこうとしている。
しかし、それは無理な相談だ。人との接点をすべて断ち切ったら、生きる場所がなくなってしまう。
彼女も、ただひたすらに孤独なのだ。
神の御業、それはただ手紙を止めることだった。
ヤコブに手紙が届かなくなることで、彼の世界との繋がりは完全に途絶えてしまう。
クラウス・ハロ監督は、「まず主人公には『世の中から必要とされていない人』を考えた」そうだ。
誰も訪れることがなく、誰からも手紙が届かないヤコブ牧師は、世の中から必要とされていない。ヤコブに手紙を読むことが仕事のレイラも、世の中から必要とされていない。
このむごい仕打ちの中で、ヤコブは改めて信仰と向き合い、不信心者と語り合うという牧師としての大事な行為を得る。
レイラは、罪を告白し許しを請う。この行為こそ懺悔である。
手紙が届かないのは苦痛だが、二人はその先に光を見るのだ。
クラウス・ハロ監督は、思春期になって信仰が自分の中で大切なものになったという。
---
(新約聖書の)「ローマ人への手紙」という本を読みました。弱い者でも神の救いがあるというメッセージが書かれていました。それまでは、頑張って到達点にたどり着かないと神の恵みは受けられないと思っていました。でもそうではなくて、神の恵みは誰でも等しく受けられることを知りました。
---
本作は、信仰に向かい合う作品だ。
とはいえ、本作を観て泣いた観客が、必ずしも敬虔なキリスト教徒というわけではないだろう。
それでも本作に感動するのは、作り手の込めた想いが普遍的だからだ。
クラウス・ハロ監督はこうも述べている。
「誰の役にも立たない人間はいない。世の中からまったく必要とされなくなってしまったと自分には思えたとしても、存在意義はある」
『ヤコブへの手紙』 [や行]
監督・脚本/クラウス・ハロ 原案/ヤーナ・マッコネン
撮影/トゥオーモ・フートリ
出演/カーリナ・ハザード ヘイッキ・ノウシアイネン ユッカ・ケイノネン エスコ・ロイネ
日本公開/2011年1月15日
ジャンル/[ドラマ]
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場内は号泣であった。
たった1時間15分の映画の中に、人を、人生を深く考えさせるものが詰まっていた。
『ヤコブへの手紙』の内容は驚くほどシンプルだ。
主要な役者は三人しかいない。盲目の老牧師ヤコブ、ヤコブに手紙を読み聞かせることが仕事のレイラ、手紙を届ける郵便配達人、それだけだ。ほぼすべてのシークエンスが牧師館で描かれており、まるで舞台劇のようなシンプルさだ。
にもかかわらず、本作は実に映画らしい輝きに満ちている。
大きく映し出される食器や皺だらけの手、裏庭に座るヤコブとレイラに降り注ぐ陽の光、そして雨上がりのぬかるんだ地面など、私たちが見落としがちなもの、気にしないであろうものを、丹念に拾い集めて画面に収めている。
その寂しさと静けさに満ちた光景は、映画ならではのものだろう。
セリフも多くはない。
恩赦により12年ぶりに刑務所を出たレイラは寡黙だし、ヤコブ牧師は信仰は口にするものの雄弁ではない。郵便配達人はたまにしか訪ねてこない。
だからこそ、一つひとつのセリフが大切だ。
そして多くの沈黙が、もう一人のことを思わせる。
この映画には、主要な役者は三人しかいないのだが、もう一人重要なキャラクターがいる。
神だ。
神の御業により、ヤコブとレイラは大きく変わる。
『ヤコブへの手紙』というタイトルから判るように、本作は新約聖書の「ヤコブの手紙」(ヤコブ書)を意識している。それはイエスの兄弟ヤコブが書いたといわれ、信仰を持つ者に必要な行いを説いたものだ。特に第2章26節の「行いのない信仰は死んだものである。」という点が、本作にかかわるところだろう。
本作のヤコブ牧師の信仰はどのようなものか。
彼は、子供の頃から聖書を読んでもらうのが大好きだった。すぐに聖書を覚えてしまい、人々に聖書の内容を教えてあげるようになる。そして長じて牧師となり、今では祈りを求めて届いた手紙に、聖書の文言を引用しながら返信している。
だが、それは単に聖書に詳しいというだけのことではないのか。
もはや、寂れてしまった村に教会を訪れる人はおらず、洗礼式も結婚式も執り行うことはない。牧師館の外の世界と彼を結ぶのは、ただ祈りを求める手紙だけである。
手紙が届くことだけを心の支えとしている彼は、あまりにも孤独であった。
一方レイラは、ある意味で超人である。
彼女は信仰を必要としない。神に祈ることもない。誰にも頼らないし、誰からも頼られるつもりはない。一人で超然と生きていこうとしている。
しかし、それは無理な相談だ。人との接点をすべて断ち切ったら、生きる場所がなくなってしまう。
彼女も、ただひたすらに孤独なのだ。
神の御業、それはただ手紙を止めることだった。
ヤコブに手紙が届かなくなることで、彼の世界との繋がりは完全に途絶えてしまう。
クラウス・ハロ監督は、「まず主人公には『世の中から必要とされていない人』を考えた」そうだ。
誰も訪れることがなく、誰からも手紙が届かないヤコブ牧師は、世の中から必要とされていない。ヤコブに手紙を読むことが仕事のレイラも、世の中から必要とされていない。
このむごい仕打ちの中で、ヤコブは改めて信仰と向き合い、不信心者と語り合うという牧師としての大事な行為を得る。
レイラは、罪を告白し許しを請う。この行為こそ懺悔である。
手紙が届かないのは苦痛だが、二人はその先に光を見るのだ。
クラウス・ハロ監督は、思春期になって信仰が自分の中で大切なものになったという。
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(新約聖書の)「ローマ人への手紙」という本を読みました。弱い者でも神の救いがあるというメッセージが書かれていました。それまでは、頑張って到達点にたどり着かないと神の恵みは受けられないと思っていました。でもそうではなくて、神の恵みは誰でも等しく受けられることを知りました。
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本作は、信仰に向かい合う作品だ。
とはいえ、本作を観て泣いた観客が、必ずしも敬虔なキリスト教徒というわけではないだろう。
それでも本作に感動するのは、作り手の込めた想いが普遍的だからだ。
クラウス・ハロ監督はこうも述べている。
「誰の役にも立たない人間はいない。世の中からまったく必要とされなくなってしまったと自分には思えたとしても、存在意義はある」
![ヤコブへの手紙 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51HBsivC6tL._SL160_.jpg)
監督・脚本/クラウス・ハロ 原案/ヤーナ・マッコネン
撮影/トゥオーモ・フートリ
出演/カーリナ・ハザード ヘイッキ・ノウシアイネン ユッカ・ケイノネン エスコ・ロイネ
日本公開/2011年1月15日
ジャンル/[ドラマ]

