『犬とあなたの物語 いぬのえいが』が含む問題点
犬が登場する映画は数々あれど、愛犬家が本当に満足する作品は案外少ない。犬が好きであればあるほど、作りもののエピソードに違和感を覚えるからだろう。
そんな中、愛犬魂の弾けっぷりに愛犬家も大満足だった『いぬのえいが』が、5年を経て再登場した。
前作『いぬのえいが』では11ものエピソードが楽しめたように、今回の『犬とあなたの物語 いぬのえいが』も6つの話を収めたオムニバスだ。
1. 『あきら!』
2. 『愛犬家をたずねて。』
3. 『DOG NAP』
4. 『お母さんは心配症』
5. 『犬の名前』
6. 『バニラのかけら』
前作よりも少ないじゃないかと心配するには及ばない。『愛犬家をたずねて。』は、「~おりこう~」「~ごはん~」「~写真~」「~散歩~」の4エピソードからなっているので、計9頭のワンちゃんと人間たちの悲喜こもごもを楽しむことができる。
前作ほどバラエティに富んではいないが、構成は前作同様、1~4までが楽しい小品、5及び6でしみじみと締めくくる。少しでも犬が好きな人なら、6編のどれかが(おそらく全部が)琴線に触れることだろう。
これだけエピソードを詰め込んでも上映時間が88分で済んでいるのは、長崎俊一監督を除いた5監督がCMディレクターだからだろうか。これまたCM関係で活躍する山田慶太氏が、前作そして『さらば愛しの大統領』に続いて愉快な脚本を提供している。
さらに豪華な出演陣の演技も楽しい。エピソード1~4の出演者は全員カメオ出演のようなものだが、とりわけ、顔が映らない上に公式サイトでも紹介されていない天海祐希さんが、凛とした声で中尾彬さんをどやしつけるのは面白い。
愛犬家が眉をひそめる場面がないわけではない。
犬に人間と同じものを食べさせたり(犬の消化器官は人間と異なるので、人間と同じものを食べさせては体に良くない)、散歩の際に犬に先頭を歩かせたり(犬の方が人間より上位だと思い込んでしまう)、散歩中に犬がしたオシッコを水で流さなかったり(すぐに水で流せば臭いは半減する)、犬を店先に繋いで買い物に行ったりと(犬を盗んでくださいと云ってるようなものだ)、これから犬を飼う人が真似したら困る描写が幾つかある。
しかしそれ以上に、犬と生活することの楽しさ、素晴らしさに溢れている。
そして本作には、現代日本ならではの問題提起も含まれている。
それが3番目のエピソード『DOG NAP(うたた寝)』だ。
ここでは、飼い犬を略取して身の代金をせしめようとする犯人と、警察との攻防が描かれる。そこで考えさせられるのは、内野聖陽さん演じる渡辺警部が鋭く看破した犯人の意図だ。
ペットと暮らす人にとって、ペットは家族同然だろう。略取されれば、身の代金を払ってでも無事に返してもらいたいと考えるのは当然だ。
しかしながら、身の代金目的略取等の罪を定める刑法第225条の2には、次のように書かれている(強調は引用者)。
---
第二百二十五条の二 近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2 人を略取し又は誘拐した者が近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じて、その財物を交付させ、又はこれを要求する行為をしたときも、前項と同様とする。
---
そう。身の代金目的略取等の罪は、人を略取したときのみ適用される。ペットを連れ去ることは対象外だ。
もしもペットを略取し、これを殺傷したとしても、適用されるのは「動物の愛護及び管理に関する法律」第44条だろう。2011年1月現在、その罰則は1年以下の懲役又は百万円以下の罰金でしかない。刑法第225条の2に定める無期又は3年以上の懲役に比べればずいぶん軽い。
ペットの略取に窃盗罪を適用しても、刑法第235条により10年以下の懲役又は五十万円以下の罰金となるだけだ。身の代金の要求に脅迫罪を適用しても、刑法第222条により2年以下の懲役又は三十万円以下の罰金となるのみである。
いずれにしても、人の略取に比べれば刑は軽い。
つまり『DOG NAP』の犯人たちは、ペットが人間同様に愛されていながら刑罰は軽いそのギャップを利用し、ローリスクな犯行で金を得ようと企んだのだ。
こんにち、日本における犬・猫の飼育頭数は2147万頭を超え、15歳未満の人口1691万人(2010年8月1日現在)を大きく上回る。
ペットの略取を企む者には、チャンスがゴロゴロ転がっているわけだ。
本作は、飼い犬を略取した事件をコミカルに描いている。
しかし、実は笑いごとではない。
「誘拐 犬」でググれば多くの事件がヒットするように、可愛いからと他人のペットを連れ去る者、転売目的でさらう者が現実に存在するのだ。
「犬好きに悪い人はいない。」
『東のエデン』で聞かれたセリフが、本作にも登場する。
映画の中では、犬好きは善人だ。そして警察は、犬を保護するために全力を注いでくれる。
残念ながら、今はまだそれは夢物語だが、いずれ現実にできるだろうか。
『犬とあなたの物語 いぬのえいが』 [あ行]
『あきら!』
監督/水落豊 脚本/山田慶太
出演/中尾彬 天海祐希 近藤春菜 箕輪はるか
『愛犬家をたずねて。』
監督/中西尚人 脚本/山田慶太
出演/青木裕子 篠田麻里子 堀内敬子 生瀬勝久 小倉智昭 森下能幸
『DOG NAP』
監督・脚本/川西純
出演/内野聖陽 鶴見辰吾 戸田菜穂
『お母さんは心配症』
監督/石井聡一 脚本/山田慶太
出演/高畑淳子 鈴木ちなみ
『犬の名前』
監督/長崎俊一 脚本/太田愛
出演/大森南朋 松嶋菜々子 坂井真紀 矢柴俊博 林遼威 斎藤歩
『バニラのかけら』
監督/江藤尚志 脚本/山田慶太
出演/北乃きい 芦田愛菜 ちはる
日本公開/2011年1月22日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ] [ファミリー] [犬]
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そんな中、愛犬魂の弾けっぷりに愛犬家も大満足だった『いぬのえいが』が、5年を経て再登場した。
前作『いぬのえいが』では11ものエピソードが楽しめたように、今回の『犬とあなたの物語 いぬのえいが』も6つの話を収めたオムニバスだ。
1. 『あきら!』
2. 『愛犬家をたずねて。』
3. 『DOG NAP』
4. 『お母さんは心配症』
5. 『犬の名前』
6. 『バニラのかけら』
前作よりも少ないじゃないかと心配するには及ばない。『愛犬家をたずねて。』は、「~おりこう~」「~ごはん~」「~写真~」「~散歩~」の4エピソードからなっているので、計9頭のワンちゃんと人間たちの悲喜こもごもを楽しむことができる。
前作ほどバラエティに富んではいないが、構成は前作同様、1~4までが楽しい小品、5及び6でしみじみと締めくくる。少しでも犬が好きな人なら、6編のどれかが(おそらく全部が)琴線に触れることだろう。
これだけエピソードを詰め込んでも上映時間が88分で済んでいるのは、長崎俊一監督を除いた5監督がCMディレクターだからだろうか。これまたCM関係で活躍する山田慶太氏が、前作そして『さらば愛しの大統領』に続いて愉快な脚本を提供している。
さらに豪華な出演陣の演技も楽しい。エピソード1~4の出演者は全員カメオ出演のようなものだが、とりわけ、顔が映らない上に公式サイトでも紹介されていない天海祐希さんが、凛とした声で中尾彬さんをどやしつけるのは面白い。
愛犬家が眉をひそめる場面がないわけではない。
犬に人間と同じものを食べさせたり(犬の消化器官は人間と異なるので、人間と同じものを食べさせては体に良くない)、散歩の際に犬に先頭を歩かせたり(犬の方が人間より上位だと思い込んでしまう)、散歩中に犬がしたオシッコを水で流さなかったり(すぐに水で流せば臭いは半減する)、犬を店先に繋いで買い物に行ったりと(犬を盗んでくださいと云ってるようなものだ)、これから犬を飼う人が真似したら困る描写が幾つかある。
しかしそれ以上に、犬と生活することの楽しさ、素晴らしさに溢れている。
そして本作には、現代日本ならではの問題提起も含まれている。
それが3番目のエピソード『DOG NAP(うたた寝)』だ。
ここでは、飼い犬を略取して身の代金をせしめようとする犯人と、警察との攻防が描かれる。そこで考えさせられるのは、内野聖陽さん演じる渡辺警部が鋭く看破した犯人の意図だ。
ペットと暮らす人にとって、ペットは家族同然だろう。略取されれば、身の代金を払ってでも無事に返してもらいたいと考えるのは当然だ。
しかしながら、身の代金目的略取等の罪を定める刑法第225条の2には、次のように書かれている(強調は引用者)。
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第二百二十五条の二 近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2 人を略取し又は誘拐した者が近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じて、その財物を交付させ、又はこれを要求する行為をしたときも、前項と同様とする。
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そう。身の代金目的略取等の罪は、人を略取したときのみ適用される。ペットを連れ去ることは対象外だ。
もしもペットを略取し、これを殺傷したとしても、適用されるのは「動物の愛護及び管理に関する法律」第44条だろう。2011年1月現在、その罰則は1年以下の懲役又は百万円以下の罰金でしかない。刑法第225条の2に定める無期又は3年以上の懲役に比べればずいぶん軽い。
ペットの略取に窃盗罪を適用しても、刑法第235条により10年以下の懲役又は五十万円以下の罰金となるだけだ。身の代金の要求に脅迫罪を適用しても、刑法第222条により2年以下の懲役又は三十万円以下の罰金となるのみである。
いずれにしても、人の略取に比べれば刑は軽い。
つまり『DOG NAP』の犯人たちは、ペットが人間同様に愛されていながら刑罰は軽いそのギャップを利用し、ローリスクな犯行で金を得ようと企んだのだ。
こんにち、日本における犬・猫の飼育頭数は2147万頭を超え、15歳未満の人口1691万人(2010年8月1日現在)を大きく上回る。
ペットの略取を企む者には、チャンスがゴロゴロ転がっているわけだ。
本作は、飼い犬を略取した事件をコミカルに描いている。
しかし、実は笑いごとではない。
「誘拐 犬」でググれば多くの事件がヒットするように、可愛いからと他人のペットを連れ去る者、転売目的でさらう者が現実に存在するのだ。
「犬好きに悪い人はいない。」
『東のエデン』で聞かれたセリフが、本作にも登場する。
映画の中では、犬好きは善人だ。そして警察は、犬を保護するために全力を注いでくれる。
残念ながら、今はまだそれは夢物語だが、いずれ現実にできるだろうか。

『あきら!』
監督/水落豊 脚本/山田慶太
出演/中尾彬 天海祐希 近藤春菜 箕輪はるか
『愛犬家をたずねて。』
監督/中西尚人 脚本/山田慶太
出演/青木裕子 篠田麻里子 堀内敬子 生瀬勝久 小倉智昭 森下能幸
『DOG NAP』
監督・脚本/川西純
出演/内野聖陽 鶴見辰吾 戸田菜穂
『お母さんは心配症』
監督/石井聡一 脚本/山田慶太
出演/高畑淳子 鈴木ちなみ
『犬の名前』
監督/長崎俊一 脚本/太田愛
出演/大森南朋 松嶋菜々子 坂井真紀 矢柴俊博 林遼威 斎藤歩
『バニラのかけら』
監督/江藤尚志 脚本/山田慶太
出演/北乃きい 芦田愛菜 ちはる
日本公開/2011年1月22日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ] [ファミリー] [犬]

