『アンストッパブル』 45年前の日本人は正しかった!


 『アンストッパブル』の冒頭のカットに、ピンと来た人も多いだろう。

 朝の操車場。
 仕分線に並んだ多くの列車。
 ガタタン、ガタタンと、貨車の触れ合う音が響く。

 これは、黒澤明監督が撮ろうとしていた『暴走機関車』の出だしと同じである。
 ヒューマンドラマの集大成たる『赤ひげ』を発表するも、大幅な予算超過のために東宝から専属契約を解除された黒澤明は、1966年、活躍の場をハリウッドに求めた。その第一弾として、1963年に起きた事件をヒントに、久しぶりのアクション映画に取り組んだのが『暴走機関車』である。

 機関士が不在のまま暴走を始める機関車。
 そこには、二人の脱獄囚が隠れ潜んでいた。その二人――まだ30代のピーター・フォークと、60を超えたヘンリー・フォンダが演じる脱獄囚は、もちろん機関車のことなんてまったく知らない。
 どんどん速度を増してしまう暴走列車。鉄道会社のコントロールタワーでは、列車同士の衝突を避けるために、他の列車に移動指示を出しつつ、何とか暴走列車を止めようとしていた。しかし、行く手には古い橋や急カーブがあり、猛烈な速度で突っ込んだら大惨事は免れない。はたして脱獄囚たちは助かるのか。
 世が世なら、黒澤明の迫力ある演出で、こんなスピード感あふれるアクション映画が撮られるはずだった。

 『暴走機関車』の企画が流れてしまった理由はいくつかあろうが、最大の原因は米国の脚本家が、黒澤明、菊島隆三、小国英雄の書いた脚本をがたがたにしてしまったことだという。
 黒澤明監督は、米国の脚本家にセリフの英訳を依頼するつもりだったが、アメリカのシステムでは作品にシナリオライターのクレジットがつくためにはその脚本の根本的な改革をやらねばならないことから、米国側脚本家シドニー・キャロルは構成を大幅に変えだした。そしてエンバシー社も、シドニー・キャロルの脚本をもとにするといってきたのだ。[*1]

 黒澤明は、機関車が走り出してしまうところから映画を始めて、とにかく機関車の暴走だけを中心にしたノンストップ・アクションを撮りたかった。しかし、米国側は二人の脱獄囚の背景や機関車が暴走に至る経緯等を書き込むべきだと主張した。
 結局この企画は流れてしまい、以降、世界の映画ファンは黒澤明のアクション映画を観ることができなくなる。


 その後この企画は、1985年にアンドレイ・コンチャロフスキー監督によって映画化されるものの、これが全然面白くない。
 とにかく列車が暴走するまでが長い。主人公二人の刑務所暮らしがあり、脱獄する過程があり、列車の中に身を潜めるまでがありで、観客が観たい暴走機関車がなかなか登場しない。「脱獄囚の背景や機関車が暴走に至る経緯等」を書き込んだ結果がこれである。
 コンチャロフスキー版の脚本は、シドニー・キャロルとは別に、新たにジョルジェ・ミリチェヴィク、ポール・ジンデル、エドワード・バンカーの3名が手がけているのだが、ハリウッドにはくどくど背景説明をしないといけないという掟でもあったのだろうか。

 映画が始まりしばらくしてから、列車はようやく暴走し出す。
 観客としては列車暴走のスピード感と緊迫感を味わい、脱獄囚たちが生還できるかどうかを固唾を呑んで見守りたいのに、ここでなぜか刑務所長が追跡してきて、映画は暴走列車などそっちのけで刑務所長と囚人との対決になってしまう。これでは、ノンストップ・アクションなんだか、追跡劇なんだか判らない。

 黒澤版のことを何も知らずにコンチャロフスキー版を観れば、それはそれで別の感想があったかもしれない。
 とにかく、黒澤明、菊島隆三、小国英雄が書いた当初の脚本は、機関車の暴走に的を絞ったシンプルな作りで、これを黒澤明が監督していたら、どんなにか面白かったろうと悔やまれる。
 そして、登場人物の背景やら機関車が暴走に至る経緯やらが必要だと考えた米国側は、なんて愚かなんだろうと思う。


 ただ一つ、2011年になって云えることは、黒澤明は正しかったということだ。
 だって、『アンストッパブル』が面白いんだから。
 トニー・スコット監督の『アンストッパブル』では、朝の操車場で機関士たちが作業しているうちに何となく列車が暴走し始める。これまでのアメリカ映画なら、まずは機関士や車掌の朝の風景とか、家族との会話とか、出勤する姿とか、そんなことを描きそうなものだが、『アンストッパブル』はそんなことを端折って、速やかに暴走シーンに取り掛かる。

 暴走の始まりも黒澤流だ。
 黒澤監督は、次のように述べていた。
---
僕は、何が原因かはっきりわからなくても、とにかく機関車が突然、暴走をはじめてしまった。その突発的な出来事に対して、関係者たちは、とにかく何かをしなければならない。いったい、どうしたらいいのか、というスリルでスタートさせるべきだと考えるわけです。

阪上仁志氏が掲載した「キネマ旬報」1967年1月下旬号インタビューから ―
---

 『アンストッパブル』も同様で、なぜポイント切り替えが違っていたのか、なぜ列車が減速しなかったのかなんて説明は省略し、とにかく列車が予定外のコースをグングン走り出す。
 そして、黒澤版『暴走機関車』でやるはずだったことを、次々に観せてくれるのだ。

 もちろん、米国映画お約束の、家族の絆とか親子の問題も出てくるが、これはもう盛り込まざるを得ないのだろう。マーク・ボンバックの脚本は、背景説明を暴走中の会話等にとどめており、トニー・スコット監督も家族の描写をハリウッド映画で許される限り手短に切り上げ、とにかく列車の暴走ぶりに専念している。
 何もトニー・スコット監督が黒澤版『暴走機関車』を意識したと云いたいわけではない。『アンストッパブル』には、黒澤明ならやらないだろうと思われる描写もある。そもそも『アンストッパブル』は、2001年5月15日にオハイオ州で起こった実話に基づく映画であり、『暴走機関車』とは元ネタが異なる。
 ただ、列車の暴走を題材に、本当に面白い映画を作ろうとしたら、到達する結論は似てくるのだろう。

 黒澤版『暴走機関車』の企画が流れて45年が経ってしまったが、『アンストッパブル』の手に汗握る迫力に接すると、やっぱり黒澤明の考えは正しかったと思わずにはいられない。


[*1] 白井佳夫「『トラ・トラ・トラ!』と黒澤明問題ルポ」(『黒澤明集成III』 キネマ旬報社 収録)

[*2] 黒澤版『暴走機関車』については、次のサイトが手際良くまとめておられる。

 「黒澤 明監督 幻のノンストップ・サスペンスアクション - 暴走機関車-」

 黒澤明版シナリオ『暴走機関車』(1966)挫折した、男だけが登場する武骨な作品。
 (ここでは、『暴走機関車』と『新幹線大爆破』(1975年)との類似も指摘してらっしゃる。)

[*3] 他の参考文献
 『異説・黒澤明』 文藝春秋編 (1994) 文春文庫ビジュアル版

 『全集 黒澤明』第5巻 (1988) 岩波書店


アンストッパブル ブルーレイ&DVDセット〔初回生産限定〕 [Blu-ray]アンストッパブル』  [あ行]
監督・制作/トニー・スコット  脚本/マーク・ボンバック
出演/デンゼル・ワシントン クリス・パイン ロザリオ・ドーソン
日本公開/2011年1月7日
ジャンル/[アクション] [サスペンス] [パニック]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : サスペンス映画
【genre : 映画

tag : トニー・スコット デンゼル・ワシントン クリス・パイン ロザリオ・ドーソン 黒澤明

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示