『アンカル』 ホドロフスキーは何を夢見たか?

 映画ファンなら夢想することがあるだろう。
 『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』で知られるアレハンドロ・ホドロフスキーが、もしもこれほど寡作ではなく、もっとたくさんの映画を撮っていたなら、どんなにか素晴らしかったろうと。
 そしてまた夢想するだろう。もしも予算や技術的な制約がなく、ホドロフスキーのイマジネーションのすべてを具現化したら、いったいどれほど奇想天外な作品世界が現れるだろうかと。

 あるのだ。
 夢想したものは現実にあるのだ。

 1973年に『ホーリー・マウンテン』を公開した後、アレハンドロ・ホドロフスキーは『デューン/砂の惑星』の映画化に着手した。この有名なプロジェクトは、遂に実を結ぶことなく1976年に瓦解してしまうのだが、その過程でホドロフスキーには重要な出来事があった。フランス漫画界の巨匠、メビウスことジャン・ジローとの出会いである。
 もともとホドロフスキーは、初の長編映画『ファンドとリス』(1967年)を手がける前から、マンガの原作者として活躍していた。彼は、自分のイマジネーションを具現化する方法として、人と時間と何より金がかかる映画というメディアばかりでなく、マンガという手段を持っていたのだ。

 メビウスは『デューン』プロジェクトにおいて、ホドロフスキーのために膨大なデザイン画とストーリーボードを描いている。それらを眺めているだけで、映画のシーンが眼に浮かぶほどである。
 そしてストーリーボードと、スクリプトの概要等から、この映画がフランク・ハーバートの原作を離れて、ホドロフスキーの自由な想像の産物となるはずだったことが判る。現に、私たちは映画『ホーリー・マウンテン』が原作小説『類推の山』からいかに乖離しているかを知っているし、ホドロフスキー自身『デューン』に関して「小説を尊重するつもりはなかった」と述べている。

 残念なことに、ホドロフスキーは映画『デューン』を完成させることはなかったが、メビウスと組んでそれに匹敵するものをマンガで実現した。
 それが、このほど訳出された『L'INCAL アンカル』である。1981年から1988年にかけて雑誌に連載されたこの作品が、ようやく完訳とあいなったのはまことに喜ばしい。


 ホドロフスキーが構想した映画『デューン』と、原作小説との相違点、また『L'INCAL アンカル』との共通点を考えるのは楽しい。
 『デューン』の原作は、『アラビアのロレンス』を他の惑星に置き換えたストーリーである。砂漠の民と出会った主人公が、異なる文化、異なる宗教に接する中で成長し、彼らとともに圧制に立ち上がる、そんな物語である。したがって、最初に映画化権を獲得したアーサー・P・ジェイコブスが、監督に『アラビアのロレンス』のデヴィッド・リーンを任じたのは慧眼だ。もしも『猿の惑星』があれほどヒットし、制作者のアーサー・P・ジェイコブスが続編に忙殺されなければ、あるいは彼が急死しなければ、私たちは『アラビアのロレンス』の宇宙版を見ることができたかもしれない。

 ホドロフスキーの考えた『デューン』は、『アラビアのロレンス』どころではない異様な世界だ。肉エンジンから精子を射出する宇宙船、処女懐胎により誕生する救世主等、原作にはないイマジネーションのオンパレードだ。
 そこでは、銀河系の皇帝は黄金惑星に住む共生体と設定されている。もちろん原作とはまったく異なる設定だが、『L'INCAL アンカル』でも人類帝国の皇帝は黄金惑星に住む双子である。
 これに比べれば、デヴィッド・リンチが完成させた『砂の惑星』はまだ原作に近いといえるかもしれない。リンチ版での砂漠の民は原作同様の異民族だが、ホドロフスキーは南米のゲリラに取材し、帝国軍との戦いにリアリティを与えようとした。それは『L'INCAL アンカル』に登場する地下都市の反乱軍の描写からも知れよう。

 他方、『デューン』の原作から『L'INCAL アンカル』に受け継がれたものも多い。
 たとえば、『L'INCAL アンカル』に登場する太った陰謀家イマン・オルログは、『デューン』のハルコンネン男爵に相当しよう。さらに、『L'INCAL アンカル』において救世主として覚醒するソリューンは『デューン』の主人公ポウルであろうし、科学を信奉するテクノ人は『デューン』の宇宙ギルド、皇帝に忠実な「緋色の衛兵」は『デューン』のサルダウカー軍団であろう。

 しかし、ホドロフスキー版『デューン』のスクリプトの概要を読めば、その結末は原作とは異なることが窺える。
 そして『L'INCAL アンカル』のクライマックスを読むとき、ホドロフスキーが『デューン』の特殊効果を『2001年宇宙の旅』のダグラス・トランブルに依頼しようとしていたことを考え合わせれば、『デューン』にどのようなラストが用意されていたか推し量れよう。
 おそらくホドロフスキー版の『デューン』は、原作をはるかに凌駕するスケールの作品となったに違いない。


 また、『L'INCAL アンカル』は、頓挫した『デューン』の内容を受け継ぐだけでなく、過去のホドロフスキー映画に連なる作品でもある。
 7人の男女が宇宙の真理を目指す旅は、聖なる山の頂を目指す『ホーリー・マウンテン』を思わせる。
 焼身供養する場面は、『エル・トポ』に通じよう。
 登場人物たちがたびたび座禅を組んでいるのも、禅僧の弟子となって公案を行ったホドロフスキーらしい描写である。


 かように『L'INCAL アンカル』は宇宙冒険活劇の形を借りてホドロフスキーの精神世界を表した作品だが、彼の原作を具体の絵にするに当たっては、メビウスと組んで大正解であった。
 メビウスの絵の素晴らしさは、いまさら私が述べるまでもない。映画『トロン』や『フィフス・エレメント』の映像のカッコ良さも、デザインを担当した彼の力があればこそだ。
 ホドロフスキーは多くの漫画家と組んでいるが、彼の奔放なイマジネーションを美しくも説得力のある絵にしてみせるのは、誰よりもメビウスが長けているだろう。

 メビウスにとっても、ホドロフスキーと組む意義は大きい。ホドロフスキーの奇抜な発想や複雑なストーリーが要求する様々な絵は、メビウス独りの作業からは決して描かれることがなかったはずだ。

 そもそもこの作品は、ホドロフスキーが見た夢がもとになっているという。このほど出版された完訳本に寄せた小野耕世氏の序文によれば、ホドロフスキーが夢の内容をメビウスに語って聞かせ、それをマンガに仕立てたのだとか。
 こんな夢を見るとは、ホドロフスキーの頭の中はどうなっているのかとも思うが、夢だからこそ、現実と観念とがないまぜになった、一筋縄ではいかない作品が生まれたのだろう。


 『L'INCAL アンカル』がフランス本国で発表されてから、すでに四半世紀が過ぎた。
 その間、私は外国語が不得手なばかりにこの作品の絵を眺めるだけで過ごしてきた。
 しかし、遂にこうして物語を堪能できた。こんな嬉しいことはない。
 映画『ROCK&RULE/ロックン・ルール』が制作から27年を経て劇場初公開されたこととあわせ、2010年は特筆すべき年であった。


P.S.
 ウィキペディアの記事には、ホドロフスキー版『デューン/砂の惑星』のために「ハルコンネン役にはサルバドール・ダリがキャスティングされた。」と書かれているが、これは間違い。
 ダリがオファーされたのは皇帝役であり、 ハルコンネン役にはオーソン・ウェルズが予定されていた。


L'INCAL アンカル (ShoPro Books)L'INCAL アンカル』 [書籍]
原作/アレハンドロ・ホドロフスキー  画/メビウス
初出/1981年~1988年
日本初版/2010年12月30日
ジャンル/[SF]
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【theme : マンガ
【genre : アニメ・コミック

tag : アレハンドロ・ホドロフスキー メビウス ジャン・ジロー

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