『武士の家計簿』 世代会計の映画化という偉業

 マスメディアが黙殺する問題、それを取り上げたのが『東のエデン』の画期的な点の一つだろう。
 その問題――世代間格差の問題をマスメディアが取り上げることは滅多にないが、『東のエデン』はそれを堂々と取り上げ、他ならぬフジテレビで放映した。フジテレビといえば、視聴率三冠王を維持し続けているマスメディア中のマスメディアである。深夜枠での放映だから、訴求できる層は限られるものの、それでも、上がりを決め込んだオッサンたちを若者が弾劾するなんて番組を、老人のためのメディアとなりつつあるテレビで放映したのは驚きだった。
 2009年4月のことである。

 そして2010年12月、現代日本の縮図ともいえる『武士の家計簿』が公開された。
 武士の一家が家計を工夫する物語は、ユーモラスで楽しい。しかもそこには、こんにちの日本が抱える問題がものの見事に凝縮されている。

 父母は生活のために借金を重ねている。悪い人たちではないのだが、どう見ても自分の代で借金を返済し切るつもりはなさそうだ。
 その上、父は過去の成功体験が忘れられず、口を開けば仕事が上手くいった時代の思い出話ばかり。借金漬けの家が将来どうなるか、未来のためには何をなすべきか、そんな話題は出てこない。

 ここで、奮起するのが主人公・猪山直之である。
 直之は、何ごとも数字に基づいて議論する。途中のプロセスをうやむやにした帳尻合わせを嫌い、データが示す真実を直視する。
 そして直之は、このままでは猪山家の破綻は免れないことを明らかにする。
 それでも年老いた父母は、真実から目を逸らしたがる。今の生活が安穏としているのだから、それを持続させたいと願うのだ。
 そのとき直之が口にするのが次のセリフだ。

 「私は子供の顔を真っ直ぐ見られるようにしたいのです。」

 借金生活を続けていても、父母の代はどうにか取り繕えるかもしれない。しかし、その後はどうなるのか。これから生まれてくる子は、生まれたときから重い負担をさせられることになる。

 老人が若者を食い物にする「若肉老食」とはこのことだ。
 今の日本も同じである。60代以上とゼロ歳児では生涯収入が1億円も違うという。もちろん、それがゼロ歳児の責任のはずがない。まだ生まれていない将来世代の負担はさらに大きい。未来の子供たちにこんなに負担させて、私たちは自分の社会保障はしっかり受け取っている
 また、2005年ごろは、65歳以上の高齢者1人を支える20~64歳世代は3.3人いたが、2030年には1.8人、2055年には1.3人で支えねばならない。こうなると自分の生活どころではない。『武士の家計簿』では、ズバリ、子が父を背負う場面まである。

 借金を重ねるような状況だったら、出費を抑えるのが当たり前。それが猪山家の結論だ。
 かくして売れる物は売り払い、食事も衣服も切り詰めて、家族全員の協力の下、家計の再建に邁進する。
 本作から判るのは、子が父を背負うのは、背負えるように父の世代が賢く配慮してやればこそということだ。身を立てられるだけの教育を施し、借金は残さない。そうしてはじめて子は背負うことができる。

 いやはや、すべての大人は耳が痛いとこだろう。
 たぶんみんな心の内では判っているはずだ。
 今の日本のやりくりは長くは続かないということを。
 しかし、政治家やマスコミは世論を曲解してしまい、みんなの真の心配ごとには応えない。
 日本国民は全員、襟を正してこの映画を鑑賞し、直之の言葉に耳を傾ける必要がある。


 そしてまた本作は、普段は日の当たりにくいスタッフ部門をクローズアップした作品でもある。
 時代劇といえば、刀を振り回す人間がスーパーヒーローとして描かれてきたが、実際の組織はそんな人間で回っているわではない。
 決算・財務報告プロセスにおける経理担当者なんてたいへんな激務なのに、世間には、いや組織内にもその奮闘ぶりはなかなか伝わらない。それを残念に思っていた人は、この映画を観て「我が意を得たり」と膝を打つであろう。
 また、経理部門や金融機関で、計算結果が10円合わないだけで大騒ぎする理由も、本作を観れば判るはずだ。10円の損失にガタガタ云っているのではない。10円合わないということは、書類のどこかに重大な誤謬や不正が隠れているかもしれないのだ。たかが10円と見逃さず、10円の差異が生じた真因を追究する、その大切さも本作は教えてくれる。
 経理部門のみならず、監査法人等で数字をチェックする立場の人も、本作には大いに頷くだろう。

 そしてもちろん、家庭で家計簿をつけている人は、家人に本作を見せて、家計簿の重要さと苦労を知らしめるといい。

 刀を振り回す人間ばかりが時代を動かすのではない。
 日夜、書類を前に計算している、そんな努力の積み重ねが、組織を社会を維持するのである。
 そんな当たり前のことを、『武士の家計簿』は改めて気付かせてくれる。


武士の家計簿(初回限定生産2枚組) [Blu-ray]武士の家計簿』  [は行]
監督/森田芳光
出演/堺雅人 仲間由紀恵 松坂慶子 中村雅俊 西村雅彦 草笛光子 伊藤祐輝
日本公開/2010年12月4日
ジャンル/[時代劇] [ドラマ]
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