『うつせみ』の主語は「あなた」だ

 『うつせみ』は風変わりな映画である。
 映画はどれもそれぞれに風変わりだが、この映画はひときわ変わっている。

 主人公は、留守宅を狙って侵入を繰り返す青年だ。彼は他人の家で食事し、シャワーを浴び、眠りに就く。翌日には、次の留守宅を探しにいく。食材や光熱費を勝手に使っているから、泥棒といえば泥棒だが、金品には手をつけない。去る前にはきれいに片づけるので、家の主は被害に遭ったと思わない。それどころか侵入されたことすら気付かない。
 あなたにも思い当たることがあるはずだ。帰宅したら物の位置が微妙に異なっているように感じたことはないだろうか。冷蔵庫の中の食材が、記憶のものと違うことはないか。
 それは借りぐらしの小人のせいばかりではない。留守中に勝手に寝泊りしている青年がいるのだ。

 本作の設定とそこから紡ぎ出される物語が確かにユニークだが、風変わりなのはそれだけではない。
 主人公が一切喋らないのだ。
 口が利けないわけではない。ただ、主人公にセリフがない。会話は、相手のリアクションによって成立する。相手が主人公に質問したり罵倒したりすると、主人公はそれに沈黙で応じるのだ。相手は、沈黙を一つの回答と受け取って、会話を続けていく。
 そして、主人公が喋らないというストーリーテリング上は致命的とも思える制約を守りつつ、展開される豊かな物語は、観客を飽きさせない。

 それどころか、観客はこの風変わりな主人公に感情移入し、一体となっていく。本来、不法侵入者である青年は、まっとうに暮らしている観客からは程遠い存在なのだが、観客は不法侵入をなじる警察官たちよりも、青年の側に立ってものを見る。
 このように主人公が喋らない映画は、過去に例がないわけではないが、やはり珍しい部類に入るだろう。


 しかし、実のところこれは受け手を作品世界に引き込むために確立された手法である。

 この手法を使った作品で、私たちがよく知っているのがドラクエだ。
 ドラゴンクエストシリーズでも、主人公は喋らない。あなたは主人公を操作して、ゲームの世界の住人らを見つけると、彼らから会話を引きだす。あなたが言葉を発するわけではない。
 これは、ドラクエと双璧をなす人気タイトルのファイナルファンタジーシリーズとは対照的だ。
 ファイナルファンタジーシリーズでは、主人公も喋る。ゲームのプレイヤーは、あたかも映画のワンシーンを見るかのごとく、キャラクターたちの会話を見つめる。

 両シリーズをプレイしたことのある方なら、その違いが何をもたらすかよくご存知だろう。
 ファイナルファンタジーシリーズのプレイヤーは、映画や舞台の観客に近い。主人公や他のキャラクターの言動を客観的に見て楽しむのだ。
 ところがドラゴンクエストシリーズは、プレイヤーが主人公と一体化している。他のキャラクターが主人公に話しかけるとき、それはすなわちあなたに話しかけているのだ。そして、あなたはゲームの世界の住人に自分から話すことなどないから、黙って聞き役に回っている。


 かつてゲームブックというものがあった。ロール・プレイング・ゲームを小説仕立てにしたもので、文中の選択肢を選びながら、物語を進行させる形式だった。
 それらのゲームブックでは、主語は「あなた」だ。「あなたはしました…」「あなたは聞きました…」、主人公はあなただから、地の文もすべて「あなた」で書かれていたのだ。

 『うつせみ』も同じである。
 青年の思いをセリフで聞くことはない。あなたが主人公だから、あなたの心の中に思いはある。
 他の登場人物が話しかけても、青年は喋らない。それはそうだ、映画館でお喋りは厳禁だ。あなたが黙っている以上、スクリーン上の青年も黙っている。

 こうして、留守宅に勝手に侵入するとんでもない主人公に、いつしかあなたは感情移入し、一体と化している。
 この映画を見ていて感じたはずだ。劇中で予定を切り上げて帰宅する住人に対して、なんて邪魔なヤツなんだろうと。
 もう、あなたは主人公になりきっている。


 技法について語るなら、観客を主人公と一体化させるには視点の共有が効果的だ。
 佐瀬喜市郎氏は『「主人公の見た目」という一人称』(『映画テレビ技術』2010年9月号)にて、この例として『視線のエロス』(1997年)を挙げている。
 主人公の視界とカメラを通して写るものを一致させることで、スクリーンに映っているものはすべて主人公の目で見たものとする。主人公が自分の手を見れば、スクリーンには手のアップが映り、主人公自身の顔は主人公が鏡を見たときにだけ映し出される。

 ゲームでいえば、『ウィザードリィ』の手法である。画面に映るのは洞窟とモンスターのみで、剣を持ったあなた自身は映らない。
 しかし、『ウィザードリィ』はダンジョンを探索するのが中心だからそれでも良いが、ドラゴンクエストシリーズのような物語性の高いゲームをすべてその手法で描くのは困難だ。

 すなわち、各ゲームには次のような特徴がある。

 ウィザードリィ方式: 主人公とプレイヤーが完全に一体化。ストーリーテリングに制約が多い。
 ドラゴンクエスト方式: 主人公とプレイヤーは一体化。ストーリーテリングにも自由度がある。
 ファイナルファンタジー方式: プレイヤーは主人公を客観視。ストーリーテリングに長ける。

 『うつせみ』のキム・ギドク監督は、主人公への一体化と物語の芳醇さを両立するために、ドラクエ方式を選んだのだろう。


 そして本作では、物語が進行するにつれて、主人公がますますゲームの住人のようになっていく。現実世界での存在感が希薄になり、見たい人には見えるけれども、見たくない人には見えない。そんな振る舞いをするようになっていくのだ。
 これは私たち観客の願望でもある。
 私たちはいつでも注目を集めたいわけではない。私の存在に気付いてほしい人と、気付いてほしくない人がいる。
 夢の住人かうつつの住人か判然としない主人公は、まさにゲームの世界に没頭するあなたなのだ。


うつせみ [DVD]うつせみ』  [あ行]
監督・制作・脚本/キム・ギドク
出演/イ・スンヨン ジェヒ クォン・ヒョコ チュ・ジンモ チェ・ジョンホ
日本公開/2006年3月4日
ジャンル/[ドラマ] [ロマンス]

映画ブログ ブログパーツ

【theme : 韓国映画
【genre : 映画

tag : キム・ギドク イ・スンヨン ジェヒ クォン・ヒョコ

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示