『うまれる』の平仮名 『玄牝』の読めない漢字

 あまりドキュメンタリーを観たことがないので、正直なところ『うまれる』には面食らった。
 CGによるイメージシーンや、アニメーションのキャラクターたちはもとより、まるで天国のような光に溢れたインタビュー場所や、場面を盛り上げる歌声等、とても作り込んだ作品で、「ドキュメンタリー」という言葉から私が思い浮かべるものとは異なっていた。
 少なくとも、『玄牝(げんぴん)』のような、音楽もナレーションも排して素材を活かした作品とは、ずいぶんと違う。

 しかし、人が産まれる、人を産むということを、知らない人はいない。正確を期さないと、誤って受け取られるものでもない。
 それよりも本作は、「うまれる」ことを巡る男女たちの想いを大切にしており、その想いを伝える上ではイメージシーン等も必要だ。そう判断しての作り込みだろう。


 奇しくも公開日が重なった『うまれる』と『玄牝(げんぴん)』だが、どちらも人が産まれることを取り上げたドキュメンタリーでありながら、アプローチがまったく異なるのは興味深い。
 『うまれる』が生命の誕生を巡る人々の想い全般を描くのに対し、『玄牝(げんぴん)』は出産に焦点を絞り、そこから関係者の人生をあぶり出す。
 『うまれる』が立場の異なる人々のインタビューで構成するのに対し、『玄牝(げんぴん)』はただ一つの病院を撮り続ける。

 先に挙げた作り込みの有無もあり、まったくタイプの異なる二作だが、私がもっとも興味を惹かれたのは出産シーンの編集の仕方であった。
 『うまれる』では、女性が陣痛に顔を歪めるところや、陣痛をこらえながらクルマで運ばれるところ、そして産院に着いてからも痛さに絶叫するところなどが描かれる。その痛みは、男性には未知のものだ。出産を経験することのない男性は、陣痛を経験せざるを得ない女性に、畏敬の念を抱くとともに恐縮する。豪田トモ監督は、出産を見守るしかない男性を代表して、妊婦の痛みを余すところなく伝えようとする。男性にはできない、これほどたいへんなことをしてくれている、その想いを観客にもしっかり伝える。
 これに対して『玄牝(げんぴん)』の河直美監督は、自身が出産を経験済みなこともあろうが、陣痛なんて重視しない。それよりも、出産の喜びや素晴らしさを描くことに集中する。出産シーンでは、痛みや辛さを感じるカットはほとんどなく、子供がツルツルと出てくるように見える。
 男性には、こうは撮れない。出産時の痛みや辛さを省略するなんて、不遜に感じてしまうだろう。当の女性の想いはともかく。

 『うまれる』が男性から見た出産なら、『玄牝(げんぴん)』は女性が語る経験である。 


 「生れてすみません」と詩に書いたのは寺内寿太郎だが、『うまれる』に登場する親たちは、子供に対して「来てくれて、ありがとう」「私たちを選んでくれて、ありがとう」と感謝する。
 『玄牝(げんぴん)』においても、女性たちが子を産んだ直後に「ありがとう」と口にするのが印象的だ。
 そこには、私ごときが論評する余地はない。

 ただ一つ、気になる会話があった。

 『うまれる』に登場した夫は、出産の際に妻のそばにいたいと思った。
 しかし彼の仕事は、毎日のように外出や出張が続いており、休みを取れそうにない。
 思い悩んだ彼は、上司に相談する。
 上司の返答は次のようなものであった。

 「子供を産んで売上が伸びるの?伸びるんだったらいいよ、どんどん産んでもらって。違うでしょ?だったらどうすればいいか、考えれば判るでしょ。」

 なんとも淋しいことである。


うまれる かけがえのない、あなたへうまれる』  [あ行]
監督・企画・撮影/豪田トモ
ナレーション/つるの剛士
日本公開/2010年11月6日
ジャンル/[ドキュメンタリー]

玄牝(げんぴん)』  [か行]
監督・撮影・構成/河直美
日本公開/2010年11月6日
ジャンル/[ドキュメンタリー]


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