『ナイト&デイ』 スパイ映画の空白とは?

 やってはいけないオチの筆頭は夢オチだろうが、夢オチでなくても実質的には同じようにちゃぶ台をひっくり返した展開の映画がある。
 それを面白いと思うかどうかは人それぞれだ。

 私が残念だったのは、フィリップ・ド・ブロカ監督の『おかしなおかしな大冒険』(1973年)である。
 むかしテレビ放映で見ただけだが、ジャン=ポール・ベルモンドが大好きだった私は、当然のごとく、カッコいいスパイ・アクション物だと思って見ていた。
 ジャン=ポール・ベルモンドが凄腕のエージェント、ジャクリーン・ビセットが美しいヒロインで、なんて面白い冒険物だろうとワクワクしながら見たのである。
 ところが、その大冒険は無残にもタイプライターの音にかき消されてしまう。
 なんと、ジャン=ポール・ベルモンドは小説家で、私が見ていたスパイ・アクションは小説の中の出来事だったのだ!

 ……ガッカリである。
 いや、この作品はそれがオチではなく、しがない小説家の物語が続くので、それはそれで面白いかもしれない。作品全体の出来をうんぬんするつもりはない。
 しかし残念なことに、劇中劇のスパイ・アクションでは、まだ主人公とヒロインが敵の魔手から脱出していなかったのだ。
 いったい2人はどうなるのだろう、どうやって敵を倒すのだろう。
 そんな疑問を抱いたまま、長いときが流れてしまった。


 しかし遂に、その不満は解消された!
 数十年のときを経て、『おかしなおかしな大冒険』並みに楽しく、陽気で、息もつかせぬスパイ・アクションが誕生したのだ。
 しかも今度は、主人公が作家や脚本家になったりしない。
 最初から最後まで凄腕のエージェントだ。
 それが『ナイト&デイ』である。

 いやもう、涙が出るほど嬉しい。
 こういう作品を待っていたのだ。

 もちろん、『おかしなおかしな大冒険』と同時代の映画で、似たようなものを探せば良いという意見もあろう。
 しかし悲しいかな、いまそれらを観て、当時と同じ感慨を抱けるとは限らない。
 『電撃フリントGO!GO作戦』(1966年)と『電撃フリント・アタック作戦』(1967年)のDVD-BOXを買ってみて思ったのは、映画の技術は進歩しているということだ。
 人間ドラマやミュージカルは歳月を経てもそれほど古びないが、アクション物は撮影技術、編集技術、特殊効果、音響効果等の展覧会だから、技術の進歩による陳腐化が激しい。
 どうしても、最新技術を駆使した映画には見劣りしてしまう。

 だから『おかしなおかしな大冒険』のスパイ・アクション部分のようなノリの『ナイト&デイ』が、いま作られたのが嬉しくてたまらない。
 ジャン=ポール・ベルモンドとジャクリーン・ビセットの冒険の始末を、トム・クルーズとキャメロン・ディアスが付けてくれたのだ。


 その他にも、『ナイト&デイ』は楽しいスパイ・アクションの数々を髣髴とさせる。
 トム・クルーズが歯をむき出しに笑うのは、『電撃フリント』のジェームズ・コバーンそっくりである。
 薬でぼんやりしながら移動するキャメロン・ディアスは、『007/危機一発(ロシアより愛をこめて)』(1963年)のタチアナのよう。
 凄腕エージェントと行動を共にするうち、名コンビになってしまうのは、ちょっと時代が下って『トゥルーライズ』(1994年)か。

 そもそも、かつてのスパイ・アクションは、明るく楽しくお洒落だった。冷戦下の緊張を逆手に取ったような躁状態だった。
 しかし、いつまでも同じことはしてられないので、アクションは過酷にエスカレートし、代わりに明るさや楽しさが削られていった。
 スパイ映画の本家007シリーズの最新作である『007/慰めの報酬』(2008年)に至っては、なんとハードでシリアスなことか。一つの復讐譚として大好きな映画だが、60年代のスパイ・アクションからは遠く隔たってしまった。
 1973年に作られた『おかしなおかしな大冒険』が中年作家の悩みを主題としていたのも、60年代に『リオの男』をはじめとしたアクション・コメディを連発したフィリップ・ド・ブロカ監督自身が、もうこれまでのような作品は通用しないと知っていたからかもしれない。


 ときには、思い出したように、明るく楽しくお洒落なスパイ・アクションが復活することもある。
 しかし、それは『オースティン・パワーズ』(1997年)のようにパロディとしてである。

 スパイ・アクションの系譜を語るなどおこがましいが、2つの『007/カジノ・ロワイヤル』がスパイ・アクションの両極端だとは云えそうだ。
 ダニエル・クレイグ主演の2006年版がハードでシリアスなスパイ・アクションの代表だとすれば、デヴィッド・ニーヴンらが出演した1967年版がコメディタッチのスパイ・アクションの代表である。

 スパイ・アクションの本家007シリーズは、第一作『007は殺しの番号(007/ドクター・ノオ)』(1962年)からしてシリアス寄りだったので、年々シリアス側に移動して、2006年版『007/カジノ・ロワイヤル』まで来てしまった。
 『ナイト&デイ』と同じくトム・クルーズが主演した『ミッション:インポッシブル』(1996年)も、先ごろ公開された『ソルト』も、シリアス寄りのスパイ・アクションだった。

 対してコメディタッチのスパイ・アクションはますますコメディ色を強め、『電撃フリント』の「ややコミカルなスパイ・アクション」を離れて、『ゲット スマート』(2008年)のような「アクションもしっかりしたコメディ」や『ジョニー・イングリッシュ』(2003年)のような「単なるコメディ」へと変遷してしまった。これらはジャンルとしてはコメディであり、「スパイ・アクションもパロディとしてやってます」とエクスキューズしている。

 いずれの作品も面白いのだが、それぞれハードでシリアスな方向に突き進んだり、コメディタッチに磨きをかけたりして、残念ながら中道に位置する作品が見当たらなくなってしまった。60年代のような明るく楽しいスパイ・アクションは、空席になってしまったのである。


 そんなスパイ・アクションのド真ん中が空いている状況で、フィリップ・ド・ブロカばりのアクション・コメディ『ナイト&デイ』を放ってくれたのが、他ならぬジェームズ・マンゴールド監督だ。
 ジェームズ・マンゴールドといえば、近年は誰も見向きもしなかった西部劇にあって、『3時10分、決断のとき』という快作を放った監督だ。
 なるほど。今度は、「もともとスパイ・アクションて、こうだったよね」というわけか。

 公式サイトでジェームズ・マンゴールド監督が語るところによれば、『ナイト&デイ』を作るに当たって念頭に置いたのは、『北北西に進路を取れ』(1959年)や『シャレード』(1963年)だそうだ。どれも、スリルとサスペンスがあって、上品で洒落ていて、血で汚れたりはしない作品だ。
 とすれば、トム・クルーズはさしずめケイリー・グラントである。大人で余裕があって、ユーモアを解す。
 一方、キャメロン・ディアスはオードリー・ヘプバーンの役どころか。
 両者とも、シリアスすぎずコメディすぎない本作を、巧く体現している。

 配役の妙も貢献して、『ナイト&デイ』は60年代風スパイ・アクションを見事に受け継いだといえるだろう。


ナイト&デイ (キャメロン・ディアス、トム・クルーズ 出演) [DVD]ナイト&デイ』  [な行]
監督/ジェームズ・マンゴールド
出演/トム・クルーズ キャメロン・ディアス ピーター・サースガード オリヴィエ・マルティネス ポール・ダノ
日本公開/2010年10月9日
ジャンル/[アクション] [コメディ]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : ジェームズ・マンゴールド トム・クルーズ キャメロン・ディアス ピーター・サースガード

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