『悪人』 大切な人はおるね?

 上手いなぁ。
 『悪人』で、深津絵里さんが自転車で畦道を走るシーンを見ながら、そう思った。
 片手で傘を差し、片手でハンドルを握り、冷たい雨の中、ゆらゆらと揺れながら、誰もいない田んぼの中を走る。
 傘を差しながら自転車に乗るなんて、ありふれたことのようでいながら、なんと淋しげで、孤独な光景であることか。

 深津絵里さん演じる光代(みつよ)の過去をことさらに説明しなくても、このワンカットで彼女の人生と生活が伝わってくる。
 道端に止めた彼女の自転車が、雨に打たれるのを見つめる光代。
 一人コタツに入りながら、妹のベッドを見つめる光代。
 特段のセリフがなくても、彼女の心情がひしひしと伝わってくる。
 だから彼女の行動は、何も唐突ではなく、しっくりくる。


 祐一が、降り続く雨の下、止めたクルマの中でじっとしているのも、どんなセリフよりも彼の心情を語っている。
 すべての人から切り離された空間が、クルマの中しかない。それが彼の暮らしぶりであり、彼の住む町なのだ。
 しばしば、海に憧れ、海を目指す映画がある一方で、祐一の「目の前に海があると、もうこれ以上どこにも行けないって思うよ」という言葉は、海への憧れを打ち砕き、彼の袋小路のような人生を痛感させる。

 会いたい人には金を渡す。
 そんな淋しい経験をしてきた彼は、言葉少ない態度を通して、観客の中に明確な人物像を結んでいく。

 「自分は祐一そのものを書かなかった」と原作者吉田修一氏が云うとおり、李相日(リ・サンイル)監督は原作を読んでも「祐一の存在そのものがすごくもやもやとしていて掴みきれなかった」そうだ。
 しかし映画では、一つひとつ考え抜かれたカットと、ときどきスーッと消えていく音が、祐一を、光代を、浮き彫りにする。
 そして一人クルマを走らせる冒頭から、海を行き止まりの絶望としか見られなかった祐一のセリフとは対照的なラストシーンにたどり着くまで、つくづく上手いなぁと感じた。


 本作の公式サイトによれば、プロデューサー仁平知世氏は、新聞に連載中の原作を読んで、「タイトルがすごく強烈で、これは"映画"のタイトルだな」と思ったそうだ。
 まさしくこれは、"悪人"ばかりが登場する作品である。
 なぜなら、誰もが、誰かにとっての"悪人"だから。作為か不作為かにかかわらず。
 そのあまりのむごさに、涙がこみ上げるのに泣くことすらできない。

 いったい誰が"悪人"なのか、"悪人"とは何なのか。
 2009年5月から裁判員制度が始まり、私たちは人を裁くということを他人任せにできなくなった。
 そんな今、改めてこの作品が問うものは大きい。


[*]本作について、さらに考察してみた。
 「『パレード』 『悪人』 ラストの秘密」を参照されたい。


悪人 (特典DVD付2枚組) [Blu-ray]悪人』  [あ行]
監督・脚本/李相日(リ・サンイル)  原作・脚本/吉田修一
出演/妻夫木聡 深津絵里 岡田将生 満島ひかり 永山絢斗 樹木希林 柄本明
日本公開/2010年9月11日
ジャンル/[ミステリー] [ドラマ]
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