『ビューティフル アイランズ』 巧さとズルさは紙一重?

 2000年代に、地球温暖化ブームがあった。
 ピークは、2008年の洞爺湖サミットの頃だったろうか。サミットでは、G8の首脳が地球温暖化の対策を話し合った。
 これは、大雑把に云えば、次のような考えが流布していたためである。

  (1) 地球の気温は上昇している。
  (2) 二酸化炭素は増大している。
  (3) (1)の原因は(2)である。
  (4) (2)の原因は、人類文明が二酸化炭素を排出しているからである。
  (5) 人類文明による二酸化炭素の排出を抑制すれば、(2)を抑えられ、ひいては(1)を抑えられる。

 ちなみに、洞爺湖サミットのWebサイトは「エコモード」である。「エコモード」とは、画面の容量を抑えることで消費電力の低減を目指した、環境配慮型のサイトだそうだ。


 2010年公開の映画『Beautiful Islands ビューティフル アイランズ』は、地球温暖化ブームを背景にしている。

 制作に3年を要したこのドキュメンタリーは、水害に悩む三つの島を取り上げる。南太平洋の島国ツバルと、イタリアの都市ヴェネツィア、米国のシシマレフ島である。
 前半に登場するツバルの学校では、先生が黒板に絵を描きながら、温暖化により氷河が溶け、海面が上昇し、ツバルが水没する、と子供たちに教えている。
 そして、ツバルの道が水没する様や、ヴェネツィアのサンマルコ広場を高潮が覆う様や、シシマレフ島の氷の上の家屋が倒壊した様が映し出される。
 なかでも、国土のほとんどが海抜3m以下であるツバルは、「50年後には国が沈む」と云われてることが紹介される。


 ベタな連想で恐縮だが、私はこの映画を見ながら『日本沈没』を思い出した。
 1970年代前半に、大ブームを巻き起こした作品である。
 地殻の活動により日本列島が海に沈むという未曾有の事態に直面した日本人が、その状況にどう反応し、行動するかを描いた作品だ。
 1973年に刊行された小松左京氏の小説はベストセラーになり、同年の映画も大ヒット、翌年にはテレビドラマも放映された。2006年に再映画化されたことは記憶に新しい。

 ご覧になった方は承知だろうが、1973年と2006年の2つの映画には、極めて大きな違いがある。
 出来不出来は別にして、2006年の映画は『日本沈没』とは云えない、と私は思っている。

 『日本沈没』が衝撃的で、ブームを巻き起こしたのは、日本列島が沈むという、まさに地球規模の現象を取り上げたからだ。
 描かれるのは、これまで日本人が営々として築き上げたものが、地球の変動の前ではなすすべもなく崩壊していく、その無力さだ。そして同時に、人類ごときには推し量ることのできない地球の偉大さと、大自然への畏れだ。
 多くの日本人には神の審判という宗教的な考え方はないだろうが、地球そのものによって国土を取り上げられる物語は、まさしく最後の審判にも等しい衝撃だったろう。

 奇しくも1973年は、高度経済成長を突き進んできた日本人が、第一次オイルショックによって冷水を浴びせられた年である。
 『日本沈没』は、経済情勢も含めた世相にマッチしたのだろう。
 この作品は、小松左京氏の本来の構想では、ユダヤ人のように国を失い、世界をさまよう日本人を描くためのプロローグだったそうだが、沈没に至るまでの物語だけで、当時の日本人には充分に衝撃だった(『日本沈没 第二部』は、2006年の刊行を待たねばならなかった)。


 ところが、2006年の映画『日本沈没』はまったく逆のアプローチだった。
 日本が沈没するという予測に対して、人々は災害を食い止めるために努力するのだ。
 これはすなわち、人間の力は、地球規模の現象をも左右できるという発想である。
 科学技術の進展によるのか、精神文化の変化によるのか、原作から30年以上のときを経て、人間と地球の立場は逆転していた。

 もちろんこれには、日本が置かれた立場の変化も影響しているだろう。
 1973年は、オイルショックに見舞われたとはいえ、まだまだ日本は昇り調子だった。だからこそ、足元を見つめ直す作品に意義があった。
 ところが2006年は、失われた20年の真っ只中である。すでに日本は国際社会で沈没し、浮上する気配がない。
 作り手たちは、日本人が頑張れば国の沈没は防げるという物語を、観客に届けたかったのかも知れない。

 それでも、作り手と受け手の脳裏には、人間が地球規模の現象に関与できるという思いがあったのは間違いない。


 あいにく私は地球温暖化説にはうといので、上に挙げた(1)~(5)の是非をコメントすることはできない。
 せいぜい、この説には懐疑的な見方もあることを聞いたくらいだ。
 ともあれ、地球全体の気候変動の原因を人類に帰する考え方は、きわめて今日的なものであるとは云えるだろう。

 改めて我々のいる環境を見れば、いまは氷河期の真っ最中である。
 地球誕生以来、氷河期は何度も繰り返され、4千万年前にまた始まった。グリーンランドや南極が雪と氷に覆われ、多くの動植物が住めない土地になってしまった。
 そんな時代に我々は生きている。

 もちろん、氷河期だからといって、すべての地表が氷河に覆われるわけではない。
 地球は常に、気温や海水準の変動を繰り返している。
 約6千年前、日本で云えば縄文時代には、海面が今より3~5メートル高く(縄文海進)、埼玉県の南部及び東部まで海だった。
 平安時代にも海面は上昇しており(平安海進)、12世紀初頭は現在より約50センチメートルも高かった。


 これからも気候の変動はあるだろうし、その原因に人類がどれだけ関係するのかは判らないが、『ビューティフル アイランズ』の作り手が、上の(1)~(5)の説すべてを支持しているのは明らかだ。
 しかし映画の中では、温暖化問題を突き上げたり、対策を声高に主張するようなことはない。

 本作が映し出すのは、ツバルで遊ぶ少女や、ヴェネツィアで将来を語る少年や、シシマレフで猟に出る大人たちだ。
 映画にはナレーションもBGMもなく、淡々と人々の暮らしを映し続ける。
 たびたびの水害に見舞われながらも、人々は変わらぬ日常を過ごしているのだ。

 我々とて同じだろう。
 沖縄や鹿児島に住む人は、毎年のように台風に襲われて、来年も再来年もまた襲われるに違いないのに、やっぱりそこに住み続ける。熊谷の人は、気温が40度に達しても、相変わらず熊谷に住んでいる。東京に住む人は、近い将来に大きな地震があると云われているのに、引っ越そうとはしない。
 地震も台風も知らない国の人には、日本に住むなんて奇行に見えるかも知れないが、我々はこれからも住み続けるだろう。
 10世紀以上にわたって水害が続いているヴェネツィアの人々のように。

 この映画が巧いのは、三つの国の生活の記録に徹していることだ。
 「50年後に国が沈む」という問題に正面から切り込むのではなく、「50年後に国が沈む」と云われた人々がどう暮らしているかを見つめている。
 この違いは大きい。

 もしもツバルが水没したら、この映画はツバルが存在したころの貴重な記録となるだろう。
 たとえツバルが水没しなくても、21世紀初頭の島国の生活を後世に伝えるものとして、やはり貴重な記録だろう。
 50年後、100年後に、地球の気温がどう変わり、三つの島がどのような行く末をたどったとしても、記録映画としての価値が毀損することはない。
 そこが『ビューティフル アイランズ』の巧いところだ。
 いや、ズルいところか。


 ところで、『ビューティフル アイランズ』を制作していた3年のあいだに、重要なことが起こっている。
 太陽黒点の増減の周期が乱れたのである。

 太陽黒点は11年周期で増減するが、しばしば数十年にわたって黒点が減少したままになることがある。
 そして、太陽黒点が減少しているあいだは、地球も寒冷化するという。
 たとえば、1645年から1715年にかけて太陽黒点が減少した時期(マウンダー極小期)には、小氷期が発生し各地で厳冬に悩まされた。 
 1790年から1820年にも太陽黒点は減少し(ダルトン極小期)、やはり気候は寒冷化した。

 そして、太陽黒点の少ない期間に突入する前には、11年周期に乱れが生じるという。
 本来なら黒点は、2007年頃に最小になり、2011年頃には最多になるはずだったが、2008~2009年も黒点は少ないままで、周期は12.6年に延びてしまった。
 そのため、また黒点の極小期が生じて、地球の気温が下がるかも知れないと云われている(2010年7月1日 読売新聞 夕刊)。


 はたして21世紀後半の地球はどうなっているのか、それを見届けるのは、ウミガメと遊んでいたツバルの少女だ。


ビューティフル アイランズ ~気候変動 沈む島の記憶~ [DVD]Beautiful Islands ビューティフル アイランズ』  [は行]
監督・プロデューサー・編集/海南友子
エグゼクティブプロデューサー/是枝裕和
日本公開/2010年7月10日
ジャンル/[ドキュメンタリー]
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