『インセプション』 金を賢く使う方法

 夢枕獏著「サイコダイバー・シリーズ」が、遂に実写映画化!

 ウィキペディアにサイコダイブの説明がある。
 それは、人の精神に潜り込み(ダイブし)、対象の持つ記憶情報を入手すること、対象の隠されたトラウマを発見すること、そこから派生して精神操作まで行うことが可能という技術である。
 これを行う者を、サイコダイバーという。

 『インセプション』は、超A級のサイコダイバーたるレオナルド・ディカプリオが活躍する物語である。
 …というのは冗談だが、『インセプション』もサイコダイバー・シリーズも、発想は近いものがある。
 ことほどさように人間の精神に入り込むというアイデアは、作家を魅了するようだ。
 フィリップ・K・ディックの小説『ユービック』も、精神世界が複合的に絡み合う傑作だった。


 『インセプション』は、監督・脚本・製作を務めるクリストファー・ノーランにとって、デビュー作の『フォロウィング』(1998年)以来のオリジナル作品である。
 公式サイトによれば、クリストファー・ノーラン監督は10年近く前から本作の構想を練り始めたという。10年近く前といえば、『メメント』(2000年)の完成後まもなくということか。

 『メメント』から本作のあいだに起こったことは、記憶に新しい。
 監督作『バットマン ビギンズ』の大ヒットと、その続編『ダークナイト』の歴代6位(2010年7月現在)という超大ヒットにより、クリストファー・ノーランはヒットメーカーとして世界中が認める存在になった。

 こうして名実ともに功成し遂げたクリストファー・ノーランが久しぶりに放つオリジナル作品に、注目が集まらないはずはない。
 とすれば、構想を練り始めた10年前に比べて、変わったのは何か。
 出資金の増加である。
 クリストファー・ノーランの新作に出資することでリターンを求める者が殺到したことは、想像に難くない。
 『インセプション』の制作費は1.6億ドル。『メメント』の9百万ドルに比べれは、実に18倍である。

 だから、『インセプション』は豪勢だ。
 出演陣は、レオナルド・ディカプリオをはじめとする有名俳優が勢ぞろい。誰もかれも主役級だ。マイケル・ケインなんて「出番はそれだけでいいの?」と心配になってしまう。
 そして派手なCGIによる大スペクタクル!
 想像の世界は何でもありなので、奇妙キテレツな世界が現出する。

 しかし、本作の魅力はそんなところにはない。
 もちろん豪華俳優陣や派手な映像も目を引くが、それがこの映画の核ではない。
 俳優陣は金で用意できる。派手な映像も金をかければ実現できる。それら表層をはぎ取っていくと、最後にただ一つ残るものがある。

 「アイデア」である。

 このアイデアを核に、優れた脚本とセンスのいい演出で映画にすれば、傑作になることは必至だ。
 あとは、観客を喜ばせるためのデコレーションである。

 街が折れ曲がるシーンは、たいへん見栄えのする「絵」なので、予告編の中心になったが、ストーリー上はあまり重要ではない。ここまで派手にしなくても、この映画は充分に成立する。
 もしも『メメント』の公開直後に、本作の十分の一の制作費で取り組んでも、やっぱり傑作だっただろう。
 なにしろこの10年というもの、クリストファー・ノーランの頭と腕は冴えきっている。


 とはいえ、この10年は無駄ではない。
 なんといっても大予算の使い方が上手い。
 製作のエマ・トーマスは、公式サイトで「クリス(引用者註:クリストファー・ノーラン)は、この数年で大作映画を監督することについて多くを学び、それがこの映画で実っているの。」と語っている。

 目の前に大金があると、人間だれしもつまらない使い方をするものだ。
 カーチェイスに車をじゃんじゃん投入したり、銃撃戦をミサイルの撃ち合いに変えたり、ビルを次々に爆破したり。そんな物量作戦で観客の目を奪いたいくなる。
 そして、投入した物量に安心して、筋運びや見せ方の工夫をおざなりにしてしまう。

 しかし、『インセプション』はストイックなのだ。
 あくまで、勝負するのは腕と頭である。
 脚本と演出と撮影と編集と、そして音響の素晴らしさで、視覚と聴覚を存分に刺激するスリリングなシーンを作り上げ、観客を映画の世界に引きずり込む。


 ノーランは、つまらない使い方はしないが、必要なものには金を惜しまない。
 公式サイトによれば、劇中で1台に見える白いバンは、実際は13台もあるという。車内シーン用、外観用、横転用、水中用等の役目に応じて、いろんな修正を加えたそうだ。
 また、映画にうってつけの風景を求めて、撮影した場所は4大陸、6ヶ国に及ぶという。
 たとえば、冒頭のシーンは六本木周辺でなくても良さそうなものだが、ノーラン監督は東京の活気をとらえたくて、わざわざロケしたそうだ。

 俳優についても、単にネームバリューで集めたわけではない。
 ジョセフ・ゴードン=レヴィットはジェームズ・フランコがスケジュール調整できなかったための起用、エレン・ペイジはエヴァン・レイチェル・ウッドが断ったための起用だが、主役はレオナルド・ディカプリオしか考えられなかったという。
 また、渡辺謙さんが演じたサイトーは、ノーラン監督が彼のために創ったキャラクターだ。
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「僕は謙とまた仕事をしたかったので、この役を特に彼のために書いたんだ。『バットマンビギンズ』での彼との仕事はとても気持ちのいいものだった。でも、あのときは彼の出番がずっと少なくて、一緒に過ごす時間も少なかったから、今回はもっと大きな役を彼に演じてもらいたかったんだ。」
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 さらに、本作が優れているのは、人間の精神という、とても観念的・哲学的な題材を扱いながら、アクション重視のエンターテイメントを踏み外さない点だ。
 映像にもリアリティを求め、作り物めいた世界には陥らない。
 CGIを前面に押し出すのは、意図的に嘘っぽいシーンにしたいときだけだ。
 いまどきはCGIを使えばどんな世界でもスクリーンに映し出せるのに、先に述べた街が折れ曲がるシーンを除けば、CGIの使用はつつましやかである。

 このことは公式サイトに詳しい。
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ノーランは(略)スタッフ全員に、できる限り CGIを最小限にとどめ、実際に撮影できる方法を考えるよう要請したのだ。「どの映画でも、できるだけカメラで実際に撮影することが僕にとってはとても重要なんだ。(略)このストーリーが夢のさまざまな状態を扱っているとはいえ、どのレベルにおいても、その世界が具体的なものに感じられることが非常に大事なんだ。なぜなら、夢の中にいるとき、人はそれを現実として受け入れるからだよ。だから、雪山でスキーのチェイスをしようが、水中に潜ろうが、無重力状態のシミュレーションであろうが、僕はほんとうにギリギリまで、実際に撮影したかったんだ」とノーラン。
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 ギリギリまで実際に撮影するため、金を惜しみなく投入したことが、この映画にリアリティを与え、抜群に面白くしているのは間違いない。


インセプション Blu-ray & DVDセット (初回限定生産)インセプション』  [あ行]
監督・脚本・製作/クリストファー・ノーラン  製作/エマ・トーマス
出演/レオナルド・ディカプリオ 渡辺謙 ジョセフ・ゴードン=レヴィット マリオン・コティヤール エレン・ペイジ トム・ハーディ ディリープ・ラオ キリアン・マーフィ トム・ベレンジャー マイケル・ケイン
日本公開/2010年7月23日
ジャンル/[SF] [サスペンス] [アクション]
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【theme : 洋画
【genre : 映画

tag : クリストファー・ノーラン レオナルド・ディカプリオ 渡辺謙 ジョセフ・ゴードン=レヴィット マリオン・コティヤール エレン・ペイジ キリアン・マーフィ トム・ベレンジャー マイケル・ケイン

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