『必死剣 鳥刺し』の作法とは?

 宮崎駿監督は、時代劇をやってみたいと云いつつ、悩んでいた。
 「こればかりは難しい。どうしていいかわからないんですよね、ほんとのとこ。
 (略)
 まずその時代、なにを食べていたのか、何を着ていたのか、というところから入らないと。」

 黒澤明監督との対談で、宮崎監督の口からそんな言葉が漏れた(『何が映画か―「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって』p136)。

 アニメーションで難しいのは、自然な所作だ。
 立ったり、歩いたり、食事をしたりする動作は、人間なら誰しも行うので、不自然であればすぐ判る。
 現代とは体格も服装も習俗も異なる時代劇の立ち居振る舞いを、現代のアニメーターが描けるのか、そんな悩みを吐露した言葉だった。

 その後、宮崎駿監督は、近藤喜文という優れたアニメーターを得て、中世を舞台にした『もののけ姫』を完成させる。
 故・近藤喜文氏の細かい所作に対するこだわりと、それを描写する力は、テレビアニメ『赤毛のアン』の突出した完成度の高さでも証明済みである。


 自然な動きへのこだわりは、黒澤明監督も同様だ。
 まだ無名だった仲代達矢さんが『七人の侍』に出演した際、ただ通りを歩くだけのカットなのに、1日やらされたのは有名だ。
 ことほど左様に、人間の細かい所作を、しかも現代人とは異なるであろう時代劇の所作をきちんと描くのは難しい。


 『必死剣 鳥刺し』では、武士は幾枚も着物を重ね着し、刀を差しているので、その重みを支えるために体を真っ直ぐ伸ばして、力強く歩いている。
 一方、中間(ちゅうげん)は武士の後ろで、やや猫背ぎみに音も立てずに従う。
 当時の階級・役職と、それに応じた服装等によって、歩き方も変わってくることが、映像から観てとれる。


 「作法のとおりに致せ。」

 蟄居を命じられた兼見三左エ門は、家人にこう云って蔵に入る。
 作法のとおりと云われても、観客には何のことやら判らない。
 しかし家人は黙って従う。
 いちいち観客に向けた説明はないが、そこには長い年月で蓄積された作法が厳然と存在することが伝わってくる。


 『必死剣 鳥刺し』の面白いところは、江戸時代の人々の作法・所作を、実に丁寧に描いている点だ。
 ふすまの開け方、閉め方も、部屋への入り方も、きちんきちんと観客に見せる。

 この点についての監督の想いが、公式サイトで紹介されている。
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現代に生きる私たちにはスローペースにさえ感じるこの一連の動作も、当時を生きる人々にとっては当然の立ち振る舞いだ。そんな「当たり前をきちんと撮りたい」と思う監督の想いが全てのカットに反映されている。
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 もちろん、時代劇ならどの映画でもそれらの考証はあるだろうが、問題は映画のテンポである。
 日本の着物は、あまり機能的ではない。
 着物を着て帯を締めると、手足を大きく振ったり、素早く動かすのは難しくなる。
 だから細かな所作を映像に収めていくと、どうしても緩慢な動きとなり、芝居のテンポは遅くなる。
 はたして作品内容が、その緩慢な動きにつきあっていられるどうか。

 本作の主人公・兼見三左エ門は寡黙な男である。
 自分の考えや感情をほとんど口にしない。
 だからこそ観客は、三左エ門のしぐさや態度に目を凝らす。
 衣擦れの音の一つひとつが、言葉に代わって三左エ門の気持ちを伝えてくる。

 テンポ良く、きびきび動くことよりも、細かな所作をきちんと見せる方が、兼見三左エ門という男を描くには向いているのである。

 やがて三左エ門の所作を見ているうちに、観客は三左エ門に馴染んでいく。
 理解や共感ではない。ただ、三左エ門の行動に馴染んでくる。
 そして、三左エ門が剣を抜いたとき、我々は彼に同化しているのだ。


必死剣鳥刺し [Blu-ray]必死剣 鳥刺し』  [は行]
監督/平山秀幸 原作/藤沢周平
出演/豊川悦司 池脇千鶴 吉川晃司 戸田菜穂 村上淳 関めぐみ 小日向文世 岸部一徳
日本公開/2010年7月10日
ジャンル/[時代劇] [ドラマ]
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