『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』 もう続けられない理由
そう来たか! シリーズも遂にFINALということで、とっときのネタを出してきたな!
それが『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』を観ての感想だ。
『踊る大捜査線』シリーズは、一貫して組織論を取り上げてきた。組織の硬直化や、現場と上層部の乖離等を繰り返し描き、組織というものの正体と、組織の一員はどう振る舞うべきかを考察してきた。
組織についての悩みは、警察に限らず、誰もが多かれ少なかれ抱くものである。人外境で仙人のような暮らしをするのでなければ、本シリーズの組織論に考えさせられることだろう。
もちろん目的や規模により、組織のあり方は千差万別だ。業種や規模が似ていても、文化が違えば組織も変わる。
似たような業種、規模でありながら、対照的な組織の例として挙げられるのが、たとえば富士通とNECだった。
1935年設立の富士通は、富士電機の通信機器部門が発展した会社である。富士電機は古河電気工業が設立した会社だ。古河電気工業は古河機械金属の電線製造等の部門が発展した会社だ。このように富士通が所属する古河グループは、子会社、孫会社がどんどん大きくなり、親を凌ぐほど成長する。富士通からもファナック等の子会社が誕生し、発展していることはよく知られている。
一方、1899年設立のNECは、特に前身はない中で米国企業との合弁会社としてはじまった。以来、子会社はたくさんできたが主要事業は一貫してNECが手がけており、古河機械金属に劣らぬ長い歴史がありながら、親を凌ぐほど成長した子会社はない。
このような違いから、現場が権限を持って活発に動く富士通の文化を評価する人もいれば、本社が組織を統括するので間違いのないNECの文化を評価する人もいる。
どちらが正解ということではなく、組織の文化やトップの考え方によって、様々な形態があり得るのだ。
そして組織のあり方を端的に問題提起したのが、『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年)だった。
この作品では、代表的なピラミッド型組織である警察が、「リーダーは用無し」を標榜するネットワーク型組織の犯人グループに翻弄される。犯人グループはメンバー各位が自由な発想で行動するため、首根っこを押さえようにも首がない。
その予想もつかない行動力を前にして、恩田すみれ巡査部長は「軍隊みたいな私たちが敵うわけない」と漏らしている。
本シリーズの特徴は、現場から乖離した上層部によるトップダウンへの強い批判だ。そのため、目的だけ共有してあとはメンバーが個々に判断する犯人グループこそ、ある種の理想の組織と云える。
だが、『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』の段階では、映画の作り手はまだピラミッド型の警察組織を全否定はしておらず、青島巡査部長に「リーダーが優秀なら組織も悪くない」と云わせている。
何はともあれピラミッド型組織や上層部を批判できたのは、主人公青島俊作に部下がおらず、組織の末端にいる青島の口を借りて上層部批判ができたからだ。
しかしシリーズ開始から13年を経た『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』(2010年)では、さすがに主人公を昇進させないわけにはいかず、青島は強行犯係の係長に就任している。
すると、青島自身が部下に命令したり、部下から突き上げを食らう立場になり、前作までのようにヒエラルキーへの嫌悪を前面に打ち出すのが難しくなった。とはいえ警察が、映画の作り手が理想とするネットワーク型組織に変われるはずもないので、組織人としての青島をどう描くのかジレンマに陥ってしまった。
その解決策として映画三作目で採用したのが、仲間意識を強調することだ。
強行犯係を、上司と部下の立場を超えた一つの仲間として描くことで、単純なピラミッド型組織へのアンチテーゼにしようとしたのだ。
それは2012年9月1日放映のテレビスペシャルドラマ『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』においてさらに強化され、強行犯係を一つの家族にたとえるほどに至っている。ピラミッド型組織の中でも、係長と部下という上下関係を超えた家族的な繋がりを構築できると主張しているのだ。
けれども、日本最大の暴力団と呼ばれる警察の問題がまさに家族主義にあることは、警察の実態をえぐった『ポチの告白』が知らしめるところである。
組織を家族のように思うことが、身内の問題を表に出すまいとする隠蔽体質を増長し、身内だから大目に見る気持ちが腐敗の温床となる。
そして『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』で私たちが目撃するのは、腐敗にまみれた青島係長の姿である。
間違えて注文した大量のビールを、彼は隠蔽しようとする。部下に命じて隠させているから、組織ぐるみの犯行だ。
上司である真下署長も、やはりビールを隠すように指示を出す。
そして本作のストーリーは、警察上層部による犯罪の隠蔽が中心だ。
ことの大小はあるけれど、間違いを正すのではなく隠蔽しようとする体質が、組織の上から下まで染み付いている様が描かれる。
その動機はただ一つ、我が身の保身である。
世の中には政府や大企業が陰謀を巡らせているかのごとき言説が溢れているが、陰謀なんて手の込んだことを推進するほどの知力・胆力・行動力が政府や企業にあるのなら、この国はまだまだ安泰だろう。
しかし本作が訴えるのは、立派な陰謀を支える人材なんぞどこにもおらず、あるのは、やるべきことをやらない怠慢と、それを正そうとしない腐敗と、その場を取り繕うだけの保身が組織を蝕んでいるということだ。
その皺寄せを受ける組織の末端ですら、末端なりに保身に走る。
このシリーズの常として、本作も規則に縛られることを否定的に描いているが、以前の記事「『踊る大捜査線』 規則を遵守せよ!」でも書いたように、規則を破ってもいいと考えることこそ、やるべきことをやらない怠慢と、それを正そうとしない腐敗と、その場を取り繕うだけの保身に直結する思考である。
このように、本シリーズは二律背反でいっぱいだ。
組織のやり方に反発していた主人公なのに、組織の一員としてそのやり方に染まってしまうこと。
規則に縛られる愚を描きながら、規則を守れない腐敗も描いていること。
このような矛盾は、主な登場人物が下っ端で、腐敗した上司と一線を画しているうちは表面化せずに済んでいたが、彼らが昇進し、腐った役割を担いだすと、途端に目に付いてしまう。
この映画の作り手たちは、残念なことに組織の一員が所属組織の色に染まってしまうことや、主な登場人物といえども腐敗から逃れるなんてあり得ないことを理解しているのだ。
だから、このシリーズはもう限界である。
このまま続けたら、これまで以上に身内の庇い合いや怠慢や腐敗を描かざるを得なくなる。いくらコミカルに演出しようと、これ以上エスカレートしたら気持ちの良い作品にはならないだろう。
そして、組織について考察し続けた本シリーズが、最後に切り込むのは警察機構そのものだ。
もちろんこれまでも警察を取り上げて来たのだが、そこで描かれる問題は警察に限らない普遍性を持っていた。
だが本作では、警察内での押収物の紛失や、警察が管理すべき銃を使用した発砲事件やその隠蔽等、警察特有の犯罪が描かれる上、警察への告発文まで読み上げられる。
『踊る大捜査線』のTVシリーズを書くに当たっては、引退した刑事や警察関係の方に相当取材をしたという。
はたして本作のどこが作り手の空想で、どこが取材で掴んだものか、観客には判らない。けれども最後だからこそ突っ込んできたネタであろうし、本作が事件以外の点では過剰にコミカルなのも、ネタの深刻さを相殺するためだろう。
思えば、警察の不正経理問題が表面化する以前から、本シリーズは警察の不正行為を描いてきた。湾岸署の署長は公費(税金)でゴルフセットを買い、ハワイ旅行を楽しんでいた。それを庇うために、署員は一丸となって隠蔽していた。
そのコミカルな描写を、当時の視聴者はてっきりギャグだと思って、笑いながら見ていたのだが……。
P.S.
例によってクルマのナンバーの遊びも溢れている。今回はテレビスペシャルドラマにも登場する室井さん専用車の「6613(ムロイサン)」が楽しい。
『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』 [あ行]
監督/本広克行 脚本/君塚良一
出演/織田裕二 柳葉敏郎 深津絵里 ユースケ・サンタマリア 小栗旬 伊藤淳史 内田有紀 香取慎吾 小泉孝太郎 北村総一朗 小野武彦 斉藤暁 佐戸井けん太 真矢みき 筧利夫
日本公開/2012年9月7日
ジャンル/[ドラマ] [アクション] [コメディ] [サスペンス]
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それが『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』を観ての感想だ。
『踊る大捜査線』シリーズは、一貫して組織論を取り上げてきた。組織の硬直化や、現場と上層部の乖離等を繰り返し描き、組織というものの正体と、組織の一員はどう振る舞うべきかを考察してきた。
組織についての悩みは、警察に限らず、誰もが多かれ少なかれ抱くものである。人外境で仙人のような暮らしをするのでなければ、本シリーズの組織論に考えさせられることだろう。
もちろん目的や規模により、組織のあり方は千差万別だ。業種や規模が似ていても、文化が違えば組織も変わる。
似たような業種、規模でありながら、対照的な組織の例として挙げられるのが、たとえば富士通とNECだった。
1935年設立の富士通は、富士電機の通信機器部門が発展した会社である。富士電機は古河電気工業が設立した会社だ。古河電気工業は古河機械金属の電線製造等の部門が発展した会社だ。このように富士通が所属する古河グループは、子会社、孫会社がどんどん大きくなり、親を凌ぐほど成長する。富士通からもファナック等の子会社が誕生し、発展していることはよく知られている。
一方、1899年設立のNECは、特に前身はない中で米国企業との合弁会社としてはじまった。以来、子会社はたくさんできたが主要事業は一貫してNECが手がけており、古河機械金属に劣らぬ長い歴史がありながら、親を凌ぐほど成長した子会社はない。
このような違いから、現場が権限を持って活発に動く富士通の文化を評価する人もいれば、本社が組織を統括するので間違いのないNECの文化を評価する人もいる。
どちらが正解ということではなく、組織の文化やトップの考え方によって、様々な形態があり得るのだ。
そして組織のあり方を端的に問題提起したのが、『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年)だった。
この作品では、代表的なピラミッド型組織である警察が、「リーダーは用無し」を標榜するネットワーク型組織の犯人グループに翻弄される。犯人グループはメンバー各位が自由な発想で行動するため、首根っこを押さえようにも首がない。
その予想もつかない行動力を前にして、恩田すみれ巡査部長は「軍隊みたいな私たちが敵うわけない」と漏らしている。
本シリーズの特徴は、現場から乖離した上層部によるトップダウンへの強い批判だ。そのため、目的だけ共有してあとはメンバーが個々に判断する犯人グループこそ、ある種の理想の組織と云える。
だが、『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』の段階では、映画の作り手はまだピラミッド型の警察組織を全否定はしておらず、青島巡査部長に「リーダーが優秀なら組織も悪くない」と云わせている。
何はともあれピラミッド型組織や上層部を批判できたのは、主人公青島俊作に部下がおらず、組織の末端にいる青島の口を借りて上層部批判ができたからだ。
しかしシリーズ開始から13年を経た『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』(2010年)では、さすがに主人公を昇進させないわけにはいかず、青島は強行犯係の係長に就任している。
すると、青島自身が部下に命令したり、部下から突き上げを食らう立場になり、前作までのようにヒエラルキーへの嫌悪を前面に打ち出すのが難しくなった。とはいえ警察が、映画の作り手が理想とするネットワーク型組織に変われるはずもないので、組織人としての青島をどう描くのかジレンマに陥ってしまった。
その解決策として映画三作目で採用したのが、仲間意識を強調することだ。
強行犯係を、上司と部下の立場を超えた一つの仲間として描くことで、単純なピラミッド型組織へのアンチテーゼにしようとしたのだ。
それは2012年9月1日放映のテレビスペシャルドラマ『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』においてさらに強化され、強行犯係を一つの家族にたとえるほどに至っている。ピラミッド型組織の中でも、係長と部下という上下関係を超えた家族的な繋がりを構築できると主張しているのだ。
けれども、日本最大の暴力団と呼ばれる警察の問題がまさに家族主義にあることは、警察の実態をえぐった『ポチの告白』が知らしめるところである。
組織を家族のように思うことが、身内の問題を表に出すまいとする隠蔽体質を増長し、身内だから大目に見る気持ちが腐敗の温床となる。
そして『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』で私たちが目撃するのは、腐敗にまみれた青島係長の姿である。
間違えて注文した大量のビールを、彼は隠蔽しようとする。部下に命じて隠させているから、組織ぐるみの犯行だ。
上司である真下署長も、やはりビールを隠すように指示を出す。
そして本作のストーリーは、警察上層部による犯罪の隠蔽が中心だ。
ことの大小はあるけれど、間違いを正すのではなく隠蔽しようとする体質が、組織の上から下まで染み付いている様が描かれる。
その動機はただ一つ、我が身の保身である。
世の中には政府や大企業が陰謀を巡らせているかのごとき言説が溢れているが、陰謀なんて手の込んだことを推進するほどの知力・胆力・行動力が政府や企業にあるのなら、この国はまだまだ安泰だろう。
しかし本作が訴えるのは、立派な陰謀を支える人材なんぞどこにもおらず、あるのは、やるべきことをやらない怠慢と、それを正そうとしない腐敗と、その場を取り繕うだけの保身が組織を蝕んでいるということだ。
その皺寄せを受ける組織の末端ですら、末端なりに保身に走る。
このシリーズの常として、本作も規則に縛られることを否定的に描いているが、以前の記事「『踊る大捜査線』 規則を遵守せよ!」でも書いたように、規則を破ってもいいと考えることこそ、やるべきことをやらない怠慢と、それを正そうとしない腐敗と、その場を取り繕うだけの保身に直結する思考である。
このように、本シリーズは二律背反でいっぱいだ。
組織のやり方に反発していた主人公なのに、組織の一員としてそのやり方に染まってしまうこと。
規則に縛られる愚を描きながら、規則を守れない腐敗も描いていること。
このような矛盾は、主な登場人物が下っ端で、腐敗した上司と一線を画しているうちは表面化せずに済んでいたが、彼らが昇進し、腐った役割を担いだすと、途端に目に付いてしまう。
この映画の作り手たちは、残念なことに組織の一員が所属組織の色に染まってしまうことや、主な登場人物といえども腐敗から逃れるなんてあり得ないことを理解しているのだ。
だから、このシリーズはもう限界である。
このまま続けたら、これまで以上に身内の庇い合いや怠慢や腐敗を描かざるを得なくなる。いくらコミカルに演出しようと、これ以上エスカレートしたら気持ちの良い作品にはならないだろう。
そして、組織について考察し続けた本シリーズが、最後に切り込むのは警察機構そのものだ。
もちろんこれまでも警察を取り上げて来たのだが、そこで描かれる問題は警察に限らない普遍性を持っていた。
だが本作では、警察内での押収物の紛失や、警察が管理すべき銃を使用した発砲事件やその隠蔽等、警察特有の犯罪が描かれる上、警察への告発文まで読み上げられる。
『踊る大捜査線』のTVシリーズを書くに当たっては、引退した刑事や警察関係の方に相当取材をしたという。
はたして本作のどこが作り手の空想で、どこが取材で掴んだものか、観客には判らない。けれども最後だからこそ突っ込んできたネタであろうし、本作が事件以外の点では過剰にコミカルなのも、ネタの深刻さを相殺するためだろう。
思えば、警察の不正経理問題が表面化する以前から、本シリーズは警察の不正行為を描いてきた。湾岸署の署長は公費(税金)でゴルフセットを買い、ハワイ旅行を楽しんでいた。それを庇うために、署員は一丸となって隠蔽していた。
そのコミカルな描写を、当時の視聴者はてっきりギャグだと思って、笑いながら見ていたのだが……。
P.S.
例によってクルマのナンバーの遊びも溢れている。今回はテレビスペシャルドラマにも登場する室井さん専用車の「6613(ムロイサン)」が楽しい。
![踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望 FINAL SET [Blu-ray]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41FLxLhQ0UL._SL160_.jpg)
監督/本広克行 脚本/君塚良一
出演/織田裕二 柳葉敏郎 深津絵里 ユースケ・サンタマリア 小栗旬 伊藤淳史 内田有紀 香取慎吾 小泉孝太郎 北村総一朗 小野武彦 斉藤暁 佐戸井けん太 真矢みき 筧利夫
日本公開/2012年9月7日
ジャンル/[ドラマ] [アクション] [コメディ] [サスペンス]


tag : 本広克行 君塚良一 織田裕二 柳葉敏郎 深津絵里 ユースケ・サンタマリア 小栗旬 伊藤淳史 内田有紀 香取慎吾
『踊る大捜査線』 規則を遵守せよ!
「規則は、破るためにあるんだよ。」
『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』(1998年)で、主人公・青島刑事が口にするセリフだ。
テレビドラマ『踊る大捜査線』のはじめのころ、青島刑事は仕事熱心なあまりに、ときに規則に反してしまうように見えた。
しかし、ほどなく青島刑事は、規則なんて破って当然という態度を取るようになる。
たしかに規則はわずらわしい。
形骸化している規則もあるかも知れないし、規則ありきでは臨機応変な対応ができないと思えるかもしれない。
だが、規則が設けられるには、それ相応の理由があるはずだ。理由も知らずに規則を破ってしまっては、規則で保たれている何かを失うことになりかねない。
『「法令遵守」が日本を滅ぼす』を著した郷原信郎氏は、ルールを守れば良いわけではないと説く。
ルールに沿っているか否か、そんな議論をしているのは、思考停止状態である。
「ルールを守る」ということは、「ルールさえ守っておけばいい」ということになりかねない。
だが肝心なのは、ルールの背景にある社会的要請を理解して行動することだ。
もしかしたら、いまのルールはすでに陳腐化しており、社会が求めているのは、もっと厳しいものかも知れない。それを考え、理解し、現実に必要な規律を実践する。
そうしなければ、もしかしたら無意味かも知れないルールに汲々として、本質的なものを見落としているかも知れない。
郷原信郎氏は、そう説く。
ここで気をつけなければいけないのは、氏はルールを守るだけではダメだと云っているのであり、ルールを破って良いと云ってるわけではないことだ。
だが、青島刑事はルールの背景や成り立ちには無頓着だ。
ドラマを見る限り、ルールなんてものは自分を邪魔する不要物とみなしているようだ。
対して、『踊る大捜査線 番外編 湾岸署婦警物語・初夏の交通安全スペシャル』(1998年)では、ルール厳守を唱える桑野冴子巡査部長が登場した。
彼女はルールを徹底すべく、署員を厳しく指導するのだが、ドラマではまるで悪者扱いである。
水野美紀さん演じる柏木雪乃は、青島刑事への憧れを込めながら次のように語る。
「青島さんは、自分のポリシーを持っていて、ポリシーを貫くことがルールよりも大事なの。」
ルールよりも自己の信じるものを優先させる青島刑事は、ルールの前で委縮してしまう人々の憧れの的として描かれているのだ。
しかし、ルールを破る青島刑事は、湾岸署でこそ厄介者扱いだが、現実の社会ではそうでもない。
企業等では、律儀に規則を守る人間より、破る人間の方が高く評価されることがある。
たとえば、何かの案件が生じたときに、「規則なんでできないそうです」と報告してくる部下より、規則を曲げさせてでもねじ込んできた部下の方が「仕事のできるヤツ」と評価されるのではないだろうか。
「規則なんてものは、破るためにあるんだよ。」
あなたの職場でも、こう口にする上司がいるかも知れない。
さすがに、正式の会議の場でこうは云わないだろうが、「法律違反以外はなんでもやれ」なんて指示を出したりする。これなど、社会の要請には目を向けない典型である。
青島刑事のような人物は、実はビジネスの場では珍しくないのだ。
柏木雪乃が云う「ポリシー」を、別の言葉に置き換えればもっと判りやすいだろう。
「今月中に受注することがルールよりも大事なの。」
「売上を増やすことがルールよりも大事なの。」
「今期の業績がルールよりも大事なの。」
こうしてルールを破ったために、事件と化してしまう例は、新聞等で頻繁に目にするところだ。
実は、ルールに無理解で暴走するより、桑野冴子巡査部長のようにルールを厳守する方が、ましてやそれを他人にも要請する方が、たいへんであることを我々は知っている。
映画館に行けば、「上映中のおしゃべりはしない、携帯電話の電源は切る」といった注意が上映前に流されるが、それらを守らない人が1人や2人は見られるし、周りの人間も注意しない。
さらに、ルールを破ることに抵抗がなくなると、個人的な利益のために行動するようになる。
『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』(1998年)において、警察庁警備局警務課首席監察官を務める室井慎次は、警察官の不正を捜査していた。
例として、毎月3万円の"みかじめ料"をせしめていた警察官が登場するが、このような不正は官民問わず発生するおそれがある。
湾岸署とて例外ではない。
署長がゴルフクラブを持って署内をうろついている姿は、視聴者にもお馴染みだ。
署長室にはゴルフセットのみならず、他のスポーツ用品や置物等、公費(税金)で買ったものがたくさんあり、また公費でハワイ旅行していることも明かされる。
室井慎次がやってきたのをてっきり内部監査だと思った湾岸署は、上を下への大騒ぎになる。
署長たちの不正・腐敗は、とてもユーモラスに面白おかしく描かれるが、本作はまったく火のないところに煙を立てているわけではなかろう。
脚本の君塚良一氏は、『誰も守ってくれない』の公式サイトで「1997年、「踊る大捜査線」のTVシリーズを書く際に、引退した刑事や警察関係の方に相当取材をさせていただいたんです。」と語っている。
実際、本作のテレビ放映終了後、2004年になってから、警察の不正経理問題が続々と表面化することになる。
警察の腐敗については、やはり綿密な調査に基づいた『ポチの告白』でたっぷりと描かれる。
『ポチの告白』の高橋玄監督は、「ここに出てくるのは全部本当のことです」と述べている。
青島刑事をはじめ湾岸署の面々は、これらの不正を知っていながら(加担していながら)、正そうとする気配すらない。
ここでも、「規則は、破るためにあるんだよ。」と云ってしまえばそれまでである。
『踊る大捜査線』は90年代末に登場した作品だ。
組織的な不祥事が相次いで発覚し、コンプライアンスが強く叫ばれるようになったのは、その後のことである。
良く知られたところでは、2002年に発覚した雪印食品による牛肉偽装事件がある。
牛肉の産地を偽ることで利益を得ようとしたこの事件では、発覚直後に社長が辞任、その後経営を再建できずに、会社は解散する破目になった。
ルールを守らなければ、組織は消滅してしまうのである。
2010年公開の『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』で、係長となった青島刑事は、さすがにルールを守ることの必要性を感じ出したようだ。
この作品の冒頭では、新庁舎への引っ越しに際して、書類がゴミ箱に捨てられるという大失態が生じており、引っ越し責任者の青島刑事は、作業現場での立ち会いを行わなかった者を追求するように指示している。
事態が生じてから犯人探しをするのは、いかにも刑事らしいとはいうものの、あまり有意義な活動ではない。
組織の内部統制には、事態が生じることを予防するための統制と、事態が生じたことを発見するための統制とがある。
どちらも大事だが、事態が起こってから行動したのでは実害を防げないおそれがあるので、予防することが重要だ。
青島刑事は、作業に立ち会うルールが守られないという問題に直面しながら、再発防止の手立てを講じることもなく、そのまま失念してしまう。
作中の描き方も、まるでギャグのような軽いノリなので、観客も失念してしまう。
しかし!
もしもこのとき作業現場の管理・監視が緩んでいることを重要視し、ルールを守らせるべく厳しく臨んでいれば、後に続く大問題は防げたかも知れないのだ、青島刑事。
『踊る大捜査線』 1997年1月7日~1997年3月18日 演出/本広克行、澤田鎌作 脚本/君塚良一
『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』 1997年12月30日 演出/本広克行 脚本/君塚良一
『踊る大捜査線 番外編 湾岸署婦警物語・初夏の交通安全スペシャル』 1998年6月19日 演出/本広克行 原案/君塚良一 脚本/尾崎将也
『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』 1998年10月6日 演出/澤田鎌作 脚本/君塚良一
『踊る大捜査線 THE MOVIE』 1998年10月31日 監督/本広克行 脚本/君塚良一
『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』 2003年7月19日 監督/本広克行 脚本/君塚良一
『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』 2010年7月3日 監督/本広克行 脚本/君塚良一 脚本協力/金沢達也
出演/織田裕二 柳葉敏郎 深津絵里 ユースケ・サンタマリア 水野美紀 内田有紀 筧利夫 渡辺えり子 伊藤淳史 小栗旬
ジャンル/[ドラマ] [アクション] [コメディ]
[あ行][テレビ]
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『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』(1998年)で、主人公・青島刑事が口にするセリフだ。
テレビドラマ『踊る大捜査線』のはじめのころ、青島刑事は仕事熱心なあまりに、ときに規則に反してしまうように見えた。
しかし、ほどなく青島刑事は、規則なんて破って当然という態度を取るようになる。
たしかに規則はわずらわしい。
形骸化している規則もあるかも知れないし、規則ありきでは臨機応変な対応ができないと思えるかもしれない。
だが、規則が設けられるには、それ相応の理由があるはずだ。理由も知らずに規則を破ってしまっては、規則で保たれている何かを失うことになりかねない。
『「法令遵守」が日本を滅ぼす』を著した郷原信郎氏は、ルールを守れば良いわけではないと説く。
ルールに沿っているか否か、そんな議論をしているのは、思考停止状態である。
「ルールを守る」ということは、「ルールさえ守っておけばいい」ということになりかねない。
だが肝心なのは、ルールの背景にある社会的要請を理解して行動することだ。
もしかしたら、いまのルールはすでに陳腐化しており、社会が求めているのは、もっと厳しいものかも知れない。それを考え、理解し、現実に必要な規律を実践する。
そうしなければ、もしかしたら無意味かも知れないルールに汲々として、本質的なものを見落としているかも知れない。
郷原信郎氏は、そう説く。
ここで気をつけなければいけないのは、氏はルールを守るだけではダメだと云っているのであり、ルールを破って良いと云ってるわけではないことだ。
だが、青島刑事はルールの背景や成り立ちには無頓着だ。
ドラマを見る限り、ルールなんてものは自分を邪魔する不要物とみなしているようだ。
対して、『踊る大捜査線 番外編 湾岸署婦警物語・初夏の交通安全スペシャル』(1998年)では、ルール厳守を唱える桑野冴子巡査部長が登場した。
彼女はルールを徹底すべく、署員を厳しく指導するのだが、ドラマではまるで悪者扱いである。
水野美紀さん演じる柏木雪乃は、青島刑事への憧れを込めながら次のように語る。
「青島さんは、自分のポリシーを持っていて、ポリシーを貫くことがルールよりも大事なの。」
ルールよりも自己の信じるものを優先させる青島刑事は、ルールの前で委縮してしまう人々の憧れの的として描かれているのだ。
しかし、ルールを破る青島刑事は、湾岸署でこそ厄介者扱いだが、現実の社会ではそうでもない。
企業等では、律儀に規則を守る人間より、破る人間の方が高く評価されることがある。
たとえば、何かの案件が生じたときに、「規則なんでできないそうです」と報告してくる部下より、規則を曲げさせてでもねじ込んできた部下の方が「仕事のできるヤツ」と評価されるのではないだろうか。
「規則なんてものは、破るためにあるんだよ。」
あなたの職場でも、こう口にする上司がいるかも知れない。
さすがに、正式の会議の場でこうは云わないだろうが、「法律違反以外はなんでもやれ」なんて指示を出したりする。これなど、社会の要請には目を向けない典型である。
青島刑事のような人物は、実はビジネスの場では珍しくないのだ。
柏木雪乃が云う「ポリシー」を、別の言葉に置き換えればもっと判りやすいだろう。
「今月中に受注することがルールよりも大事なの。」
「売上を増やすことがルールよりも大事なの。」
「今期の業績がルールよりも大事なの。」
こうしてルールを破ったために、事件と化してしまう例は、新聞等で頻繁に目にするところだ。
実は、ルールに無理解で暴走するより、桑野冴子巡査部長のようにルールを厳守する方が、ましてやそれを他人にも要請する方が、たいへんであることを我々は知っている。
映画館に行けば、「上映中のおしゃべりはしない、携帯電話の電源は切る」といった注意が上映前に流されるが、それらを守らない人が1人や2人は見られるし、周りの人間も注意しない。
さらに、ルールを破ることに抵抗がなくなると、個人的な利益のために行動するようになる。
『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』(1998年)において、警察庁警備局警務課首席監察官を務める室井慎次は、警察官の不正を捜査していた。
例として、毎月3万円の"みかじめ料"をせしめていた警察官が登場するが、このような不正は官民問わず発生するおそれがある。
湾岸署とて例外ではない。
署長がゴルフクラブを持って署内をうろついている姿は、視聴者にもお馴染みだ。
署長室にはゴルフセットのみならず、他のスポーツ用品や置物等、公費(税金)で買ったものがたくさんあり、また公費でハワイ旅行していることも明かされる。
室井慎次がやってきたのをてっきり内部監査だと思った湾岸署は、上を下への大騒ぎになる。
署長たちの不正・腐敗は、とてもユーモラスに面白おかしく描かれるが、本作はまったく火のないところに煙を立てているわけではなかろう。
脚本の君塚良一氏は、『誰も守ってくれない』の公式サイトで「1997年、「踊る大捜査線」のTVシリーズを書く際に、引退した刑事や警察関係の方に相当取材をさせていただいたんです。」と語っている。
実際、本作のテレビ放映終了後、2004年になってから、警察の不正経理問題が続々と表面化することになる。
警察の腐敗については、やはり綿密な調査に基づいた『ポチの告白』でたっぷりと描かれる。
『ポチの告白』の高橋玄監督は、「ここに出てくるのは全部本当のことです」と述べている。
青島刑事をはじめ湾岸署の面々は、これらの不正を知っていながら(加担していながら)、正そうとする気配すらない。
ここでも、「規則は、破るためにあるんだよ。」と云ってしまえばそれまでである。
『踊る大捜査線』は90年代末に登場した作品だ。
組織的な不祥事が相次いで発覚し、コンプライアンスが強く叫ばれるようになったのは、その後のことである。
良く知られたところでは、2002年に発覚した雪印食品による牛肉偽装事件がある。
牛肉の産地を偽ることで利益を得ようとしたこの事件では、発覚直後に社長が辞任、その後経営を再建できずに、会社は解散する破目になった。
ルールを守らなければ、組織は消滅してしまうのである。
2010年公開の『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』で、係長となった青島刑事は、さすがにルールを守ることの必要性を感じ出したようだ。
この作品の冒頭では、新庁舎への引っ越しに際して、書類がゴミ箱に捨てられるという大失態が生じており、引っ越し責任者の青島刑事は、作業現場での立ち会いを行わなかった者を追求するように指示している。
事態が生じてから犯人探しをするのは、いかにも刑事らしいとはいうものの、あまり有意義な活動ではない。
組織の内部統制には、事態が生じることを予防するための統制と、事態が生じたことを発見するための統制とがある。
どちらも大事だが、事態が起こってから行動したのでは実害を防げないおそれがあるので、予防することが重要だ。
青島刑事は、作業に立ち会うルールが守られないという問題に直面しながら、再発防止の手立てを講じることもなく、そのまま失念してしまう。
作中の描き方も、まるでギャグのような軽いノリなので、観客も失念してしまう。
しかし!
もしもこのとき作業現場の管理・監視が緩んでいることを重要視し、ルールを守らせるべく厳しく臨んでいれば、後に続く大問題は防げたかも知れないのだ、青島刑事。
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『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』 1997年12月30日 演出/本広克行 脚本/君塚良一
『踊る大捜査線 番外編 湾岸署婦警物語・初夏の交通安全スペシャル』 1998年6月19日 演出/本広克行 原案/君塚良一 脚本/尾崎将也
『踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル』 1998年10月6日 演出/澤田鎌作 脚本/君塚良一
『踊る大捜査線 THE MOVIE』 1998年10月31日 監督/本広克行 脚本/君塚良一
『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』 2003年7月19日 監督/本広克行 脚本/君塚良一
『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』 2010年7月3日 監督/本広克行 脚本/君塚良一 脚本協力/金沢達也
出演/織田裕二 柳葉敏郎 深津絵里 ユースケ・サンタマリア 水野美紀 内田有紀 筧利夫 渡辺えり子 伊藤淳史 小栗旬
ジャンル/[ドラマ] [アクション] [コメディ]
[あ行][テレビ]
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