『アイガー北壁』 なぜ2年後ではダメなのか?

 【ネタバレ注意】

 「西部アルプスに残された最後の難所」であるアイガー北壁。
 1936年、ドイツのアンドレアス・ヒンターシュトイサーとトニー・クルツ、オーストリアのエディー・ライナーとヴィリー・アンゲラーの4人が、その登頂に挑んだ実話を映画化したのが、『アイガー北壁』である。

 結論から云ってしまおう。
 アイガー北壁は、1938年にドイツ人隊とオーストリア人隊が協力し、初登頂に成功した。
 つまり、映画が描く1936年の挑戦は失敗に終わるのである。

 2年後を舞台にすれば成功譚を描けるのに、この映画はなぜわざわざ失敗例を取り上げるのだろう?

 映画最後の字幕によれば、1938年の快挙は、ドイツ・オーストリア併合の象徴とされたそうだ。
 一方、1936年は、ベルリン・オリンピックを間近に控えた時期であり、アイガー北壁に登頂した者には金メダルの授与が約束されていた。国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)政権としては、1936年にドイツ人による偉業を打ち立て、国威発揚に結び付けたかったのだ。
 しかしこの試みは失敗した。ナチス及びドイツの人々を失望させる出来事だった。

 つまり、初登頂成功がナチスの宣伝に利用され、国威発揚に結び付けられるものだったからこそ、『アイガー北壁』の作り手は、その対極にある登頂失敗を取り上げ、国威発揚の陰にある悲劇を描いたのだ。
 『アイガー北壁』は反戦映画なのである。


 映画は、声高に反戦を唱えたり、ナチスを糾弾したりはしない。
 登場するのは、幼なじみがナチスの腕章を付けた姿や、礼儀正しく「ハイル・ヒトラー」と敬礼する兵士や、アーリア人種の優秀さを説く新聞記者である。一人ひとりは、さして悪意があるわけではない。
 しかし、ドイツ人の偉業を誇りたい人々や、愛する者の勇姿を見たい恋人や、そして自分の力を信じる当人たちが、アイガー北壁に登らざるを得ない状況を作り上げていく。

 それは、いまでも、日本でも、しばしば見られる光景だ。
 「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」という経営者がいる。
 「無理を1週間続ければ、無理じゃなくなる」という経営者もいる。
 日本代表のスポーツ選手に人々が声援を送るのも、人並み外れた成果を期待しているからだ。
 それは必ずしも間違いではない。やらなければ成果は出ないし、大きな期待が大きな成果をもたらすのも、ままあることだ。

 しかし、組織が、国家が、人々が、誇りと成果を無理強いするとき、しばしば悲劇を招く。


 映画の最後に、新聞記者は云う。
 「祖国は彼らを忘れない。」

 本当に?
 本当にそうだろうか?


アイガー北壁 [DVD]『アイガー北壁』  [あ行]
監督・脚本/フィリップ・シュテルツェル
脚本/クリストフ・ジルバー、ルーペルト・ヘニング、ヨハネス・ナーバー
出演/ベンノ・フユルマン ヨハンナ・ヴォカレク フロリアン・ルーカス ウルリッヒ・トゥクール ジーモン・シュヴァルツ ゲオルク・フリードリヒ
日本公開/2010年3月20日
ジャンル/[ドラマ] [アドベンチャー] [戦争]

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