『月に囚われた男』 ラストをぶち壊した理由

 【ネタバレ注意】

 毎日、毎日、僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ…

 と嘆いたのは、450万枚以上という日本最大のセールスを記録した『およげ!たいやきくん』だが、1975年当時、サラリーマン哀歌として知られたこの曲と同様の心情を描いたのが、『月に囚(とら)われた男』である。
 「3年間の出向だから」と送り出されたのに、実は片道切符だった、という経験を持つ人も多いだろう。

 本作の主人公サム・ベルは叫ぶ。
 「俺たちはプログラムじゃない。人間なんだ!」

 しかし組織は、そんな彼の声には耳を貸さない。
 彼を「個」として認めず、永遠とも思える労働を強制する組織が用意したのは、皮肉としか云いようがないものばかりである。

 月面基地の名前はサラン(Sarang)。韓国語で「愛」のことだ。
 そしてサムを起こすたびに目覚まし時計から流れる曲は、チェズニー・ホークスの「The One and Only」。


 とうぜん映画は、サムの自由への戦いを描く。
 これが冷戦時代の映画であれば、自由を獲得したところで終わりだろう。たとえば『THX-1138』のように。
 その後どうなるかなんて蛇足以外の何物でもない。
 観客は『エイリアン』のような静かなラストを望むはずだ。

 しかし本作は、ラストシーンにアナウンサーの声を被せ、映画では描かなかったその後が判る仕組みになっている。
 おかげで、せっかくの余韻が台無しである。
 観客から、美しい映像を楽しむ自由と、登場人物たちがたどる運命を想像する自由を奪うとは、ずいぶん無粋なことだ。
 なのに、なぜ敢えて観客に「その後」を知らしめたのか。
 

 やはり冷戦の終結と、多くの社会主義国の崩壊により、管理社会への抵抗が目的たりえなくなったことが大きいだろう。
 『月に囚われた男』が描くのは、70年代のディストピア物に見られる管理と自由のせめぎあいではなく、組織による不合理への糾弾である。
 だから本作のテーマは、70年代の『THX-1138』などよりも、多数の社会主義国が誕生する前に作られた『メトロポリス]』に近い。『メトロポリス』では搾取される労働者階級が蜂起し、資本家階級と対決する。

 ただ、ウーファー社が倒産するほどの制作費を投じた『メトロポリス』が群衆シーンを特徴とするのに対し、本作は一人芝居が中心なのは面白い。これはもちろん、現代では一枚岩の資本家階級も労働者階級も存在せず、したがって資本家vs労働者という階級闘争では社会を描けないからだ。


 もっとも、本作が一人芝居になったのは、本作を取り巻く制約条件によるようだ。
 私はてっきり、SF的なアイデアが中核にあって、そこから本作を構想したのだろうと思っていたが、オフィシャルサイトで紹介している制作の経緯によれば、制約条件をクリアし続けた結果としてこの作品になったという。

 オフィシャルサイトによればダンカン・ジョーンズ監督は「SFマニア」だそうだが、監督がSFを撮りたかったわけではなく、インディペンデント映画にも出演してくれる奇特な俳優サム・ロックウェルが、SF作品を希望したそうだ(SFとしてはイマイチだと思うが)。
 また、サム・ロックウェルが一人何役も演じているのも、予算が500万ドルしかなくてキャストの数を絞ろうとした結果だとか。

 まさに「必要は発明の母」である。


 もうひとつ興味深いのは、不合理な労働を強制するのが韓国企業である点だ。
 月面基地の名称が韓国語だったり、鉱物チューブに韓国語が書かれていたり、挨拶の言葉も韓国語だったり、モニター越しに現れる管理者が東洋人であったりと、明らかに韓国系の企業である。

 もちろんダンカン・ジョーンズ監督は、韓国企業が不合理だと云いたいわけではない。映画の中の未来を牛耳るのは、現代において勢いがある国の企業だ。単に、監督のデートの相手が韓国人というだけで、韓国企業を出したわけではないだろう。
 80~90年代、エイリアンシリーズに登場するのは日系企業の「ウェイランド湯谷」だった。『ロボコップ3』では日系企業カネミツがロボコップを襲う。
 当時は、日系企業が世界を牛耳りそうな勢いだった。
 今では、映画の描く未来に日系企業が登場することはない。

 『カラテ・キッド』(邦題『ベスト・キッド』)のリメイク版も、主人公が学ぶ武術を空手からカンフーに変えて北京を舞台にするそうだし、日本の存在感はますます希薄になっている。


月に囚(とら)われた男 [Blu-ray]月に囚(とら)われた男』  [た行]
監督・原案/ダンカン・ジョーンズ
出演/サム・ロックウェル ドミニク・マケリゴット ケヴィン・スペイシー ベネディクト・ウォン
日本公開/2010年4月10日
ジャンル/[SF] [ミステリー]
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【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画
【genre : 映画

tag : ダンカン・ジョーンズ サム・ロックウェル ケヴィン・スペイシー

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