『ダーリンは外国人』の後味は?

 「ぶん殴る」の「ぶん」て何だろう?

 アメリカから来たダーリンの質問には、日本に生まれ育った人でもタジタジである。
 しかし、言葉やカルチャーギャップからくる笑いを楽しみたければ、『日本人の知らない日本語』を読んだ方がいい。
 『ダーリンは外国人』は、漫画家になる夢と、愛するダーリンとの生活の双方を追い求め、思い悩む女性を描いた作品だ。

 本作において、ダーリンが外国人なのはあまり重要ではない。
 映画の中のダーリンは、家事については経験不足であるものの、日本に暮らすのに特に問題があるわけではない。
 冒頭の問いのように、しばしば日本人なら気にも留めないことを質問するのは、彼が多言語に堪能な語学オタクだからにすぎない。

 もっぱらこの作品で描かれるのは、アカの他人である2人が、誤解や行き違いを乗り越えながら一緒に暮らそうとする姿である。
 親が結婚に賛成したり反対したりも、実はダーリンが外国人であることにはあまり関係がない。母親はダーリンが誠実だから気に入るのであり、父親はきちんと挨拶に来ないから拒絶するのである。
 その意味で、この映画で描かれることは、どこの国のどのカップルにも、多かれ少なかれ起こり得るのかも知れない。


 ただ一つ、ダーリンが外国人であることを意識するのは、主人公さおりである。
 「やっぱり、外国人だからさ…」
 ダーリンとの仲がうまくいかないとき、さおりはダーリンが外国人であることを云い訳にする。
 そんなことは関係ないはずなのに。関係ないと思っていたのは、さおり本人なのに。
 1つ1つのセリフを大切にした脚本は、さおりが、みずから作った逃げ道とどう向き合うかをクライマックスに持ってくる。


 『ダーリンは外国人』は、大笑いする映画でも、大泣きする映画でも、ましてやハラハラドキドキする映画でもない。
 しかし、さおりとダーリンを見守る観客は、爽やかな結末に度胆を抜かれることだろう。

 私が敬愛する小津安二郎監督は、こんな言葉を残している。
 「一口でいえば、見終わったときの後味だね。いくらいい話でも、後味の悪いものは御免だ。我慢して見ても、後味のいいものはいい。」(55.6「シナリオ」)


 ところで、大辞泉によれば、「ぶん殴る」の「ぶん」は、動作・作用を強める接頭語。「ぶつ(打つ)」の連用形である「ぶち(打ち)」が変化し、「ぶん」になったそうだ。


ダーリンは外国人 [DVD]ダーリンは外国人』  [た行]
監督/宇恵和昭  脚本/大島里美  原作/小栗左多里
出演/井上真央 ジョナサン・シェア 国仲涼子 戸田菜穂 國村隼 大竹しのぶ
日本公開/2010年4月10日
ジャンル/[ロマンス] [コメディ]
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