『東のエデン』 私たちは何と戦っているのか?

 いやはや脱帽である。

 作品の作り手は、1人でも多くの人に見てもらうために、受け手を引っかけるフックをたくさん用意する。
 「ハチミツとクローバー」で人気の羽海野チカ氏によるキャラクター、Oasisschool food punishment の主題歌、精緻に再現された実在の場所と建物ポール・ニコルソン氏によるロゴデザイン、ノブレス携帯に代表されるギミックの数々。
 どのようなフックにするかが、作り手の個性であり、作品のカラーなのだが、『東のエデン』のフックはあまりにも鋭く、受け手も無傷ではいられない。

 たとえば、物語後半で登場する、未来を予測する「世間コンピューター」。
 「世間」なんてしょぼい名前は一見ギャグのようだが、日本世間学会が掲げる「日本には世間は存在しても『社会』は存在しない。」という言葉を思い起こすとき、「世間」を見据えることこそが、ハリ・セルダンの心理歴史学をも凌駕する我が国独自の方法論であることが判る。
 こんなことを作中では説明せずにサラリと流してしまうので、受け手はドギマギしてしまう。

 さらには、テレビシリーズ第7話のサブタイトル『ブラックスワン舞う』。
 『ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質』の訳本が出版されたのは2009年6月。第7話の放映は5月であり、とうぜん制作はもっと前だ。原著の出版は2007年だが、翻訳時期もはっきりしないうちに「白鳥・ダイアナ・黒羽」なんて名のキャラクターを創造し、作中にブラックスワンというキーワードを取り入れるとは驚きだ。

 また、2011年を舞台にした劇場版に登場する相続税の増税問題。
 鳩山政権が「税制改正大綱」で2011年に相続税を増税する方向を打ち出したのは、2009年12月22日である。
 にもかかわらず、2009年11月28日公開の劇場版Iですでにこの問題に触れているとは、『東のエデン』の作り手の問題意識の高さと読みの鋭さが判ろう。


 テレビシリーズ11話と劇場映画2本からなる『東のエデン』は、その名のとおり、東の果てにあるニッポンが、楽園たるかを問う作品だ。

 そこに用意されたフックのうち、まず目につくのは、10代、20代の若者向けのものだ。
 際限ない就活内定者に対する嫌がらせ、ひきこもり、ニート、起業しようともがく青年たち。
 そして、日本が破綻する前に逃げ切れると思っているオッサンたちを敵とみなすことで、現在進行中の世代間戦争を真っ向から取り上げる。

 そこで主人公・滝沢朗がぶち上げる戦略は愉快だ。
 すなわち、何もしないこと。
 ニートになって、ひきこもることで、この国の経済・社会を停滞させ、オッサンたちが逃げ切れない状況に追い込むというのだ。

 神山健治監督は本作について語る。
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新しい世界を享受している若者(ニート)たちと、新しい文化や価値観の登場を脅威に感じながらも、社会的なアドバンテージを生かしてそれらを阻害している存在(オッサン)の戦いです。

具体的には、ニートたちはオッサンたちには見えない透明な存在になって、オッサンたちの作ったインフラはフルに使うけれど金を落とさないという戦いを始めたわけです。
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 そして本作は、テレビアニメの主要な客層である若者だけではなく、ロスジェネ世代の非正社員や、勝ち組を驀進中の官僚に資産家等、あらゆる世代・階層の代表を登場させ、誰もがフックに引っかかるように計算してある。
 同時に、2年もひきこもっているヤツは親が裕福だからひきこもっていられることが示されたり、職場の若者たちが遅刻はするは夜勤は嫌がるは給与には不満を垂れるはの困り者であることが示されたりと、どの世代にも一方的な肩入れはしない。

 現代日本の問題をすくい取りつつ、適切な距離感も堅持しているのは、さすがである。


 石井朋彦プロデューサーによれば、本作のきっかけは神山監督との「今、この時代に何と戦う映画を作るべきなんだろうか」という会話だそうだ。
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その中で神山監督が口にした、「今、戦うべきは日本をおおっている、漠然とした空気なのではないか」という発言が作品のきっかけになりました。
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 『東のエデン』のオフィシャルブログには、次のように書かれている。

 「この国の“空気”に戦いを挑んだ、ひとりの男の子と、彼を見守った女の子の、たった11日間の物語。」

 この曖昧な、何と戦っているのか見当もつかないコピーが、まさしくこんにちの日本に生きる我々を表現している。


 原作、脚本、監督を務めた神山健治氏は、1966年3月生まれ。
 世代的には、逃げ切れないオッサンである。
 学生時代こそバブルに向かって調子が良かったものの、社会に出たとたんにバブルは崩壊。はしごを外された世代とも云える。
 しかし、神山健治監督は自分たちは恵まれていたと語る。
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僕らの世代は、この日本という国に生きてきて、間違いなく恵まれていたと思うんですよ。日本という国の歴史だけではなく、世界的に見ても、こんなに恵まれている状況が形成されたことはないんじゃないかなと思うぐらい、恵まれていたと思います。しかし、次の世代は、日本の本当に厳しい時代を生きなければならないかもしれない。
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 上がりを決め込んだオッサンたちと、ニートたちのあいだで、両方に目配りできるからだろう、神山監督は、全共闘時代の遺産を目にしたニートの板津に「こういうものを受け継いでいかなきゃいけなかったんじゃないか」と語らせている。
 それは何もいまさら全共闘のような運動をしようということではない。
 前の世代が何らかの形で世の中にかかわろうとしたことを学び、自分たちも世の中にかかわらなければならない、ということである。


 だから神山監督は、老若男女の分け隔てなく12人を救世主として選び、この国を正しき方向へ導く義務を課した。
 作品中では「この国を正しき方向へ導くゲームに巻き込まれた」という描き方だが、本来この義務はこの国に住む全員が負っている。つい失念しがちだが。

 救世主のうち若者の代表が、本作の主人公・滝沢朗である。
 救世主に選ばれるだけあって、国を良くする意思を持った者である。
 では、滝沢朗のような人物は、どのように育ってきたのだろう?
 作中、滝沢朗の生い立ちについて詳しい描写はないが、キーになるのは「お金」である。

 そこでヒントになるのは、堀江貴文氏の「お金の教育」という記事だ。
 日本人が子どもに教えるのは、無駄遣いしないことや、ちゃんと貯金することだが、ガイジンはお金を稼ぐことを学ばせるそうだ。そうすることで「お金」に関するきちんとしたリテラシーを身に付けさせるという。

 日本でこそ滝沢朗は主人公として際立ったキャラクターだが、世界に目を向ければ、もしかしたら普通の若者なのではないか。
 普通の若者が際立ってしまう日本とは何なのか。


 本作に散りばめられた多くのフックは、同時に多くのヒントでもある。
 「ブラックスワン」や「世間」等のキーワードからでも、丁寧に紐解けば学べることがたくさんある。
 アニメーションが青少年に及ぼす影響の大きさを考えるとき、かつて『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』に熱中した少年たちが科学技術への興味を募らせたように、『東のエデン』の観客が世の中や経済への関心を強め、かかわるようになれば、本作は成功なのだろう。


 神山健治監督は、本作でニートとオッサンの戦いを描きながらこう語る。
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ニートたちはオッサンたちには見えない透明な存在になって、オッサンたちの作ったインフラはフルに使うけれど金を落とさないという戦いを始めたわけです。でも、それだけでは勝利にはならない。結局、その対立を解決する方法は何か、その答えを見付けていこうというところで映画は終わっていると思います。
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 だから滝沢朗は、Mr.OUTSIDEと同様の手段に出る。

 ノブレス・オブリージュ。この国に住むすべての人が、この国の救世主たらんことを。


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東のエデン 劇場版 I The King of Eden
東のエデン 劇場版 II Paradise Lost
原作・脚本・監督/神山健治  キャラクター原案/羽海野チカ
出演/木村良平 早見沙織 五十嵐麗 玉川紗己子
日本公開/テレビシリーズ 2009年4月9日~2009年6月18日
     劇場版 I:2009年11月28日
     劇場版II:2010年 3月13日
ジャンル/[SF] [サスペンス] [アドベンチャー] [ミステリー]
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tag : 神山健治

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