『ニッポン無責任時代』に見る成功する方法

 【ネタバレ注意】

 『ニッポン無責任時代』は、いま観てもすこぶる面白い。
 スピード感があり、エネルギーに満ちている。
 植木等さんが『無責任一代男』などを歌うミュージカルとしての楽しさもあるし、太平洋酒、山海食品、黒田産業、北海物産の4社が繰り広げる闘いはダイナミックな企業ドラマである。

 脚本家の田波靖男氏は、「社長シリーズ」の会社に忠実な社員像を不満に感じていたそうだ。
 観客の思いも同じだったのだろう。植木等さんが演じる平 均(たいら ひとし)が、「こつこつやる奴ぁ、ご苦労さーん♪」と言い放つのは痛快だ。

 主題歌を作詞した青島幸男氏は、「大人たちの不誠実さも反吐が出るほど見せられてきた戦後の若い世代には、この唄は我が意を得たとばかり受け入れられたに違いない」と分析しているそうだ。
 しかし、やがて世の中は変質していく。
 1956年生まれの小田嶋隆氏は、次のように語っている。
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 「必死だな(笑)」と、2ちゃんねるの連中がなにかにつけて繰り出してくるこの嘲弄の決まり文句は、実は、私にとって、心当たりのない言葉ではない。というのも、たぶん、人が必死に頑張ることを嘲笑したのは、私たちの世代が最初だったはずだからだ。そう。われわれは、ムキになって何かに取り組んでいる人間を笑った。
「ごくろうなことだね」
 とか言って。
(略)
 勝負は明らかだ。

 必死であることがまだ美しさを失っていない国からやってくる、必死で頑強で堅忍不抜な人々に、われわれの国の人間が勝てる見込みは、とても少ない。残念なことだが。
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 明治時代、大正時代の後、昭和も太平洋戦争と60年安保闘争を経て、ニッポンが無責任時代に突入したことを、この映画と主題歌は宣言した。
 この映画はコメディの歴史を変えると同時に、日本人の精神文化にも大きな影響を及ぼしたと考えられるが、その文化的な分析は他へ譲るとして、ここではビジネス的な観点から本作を見直してみたい。

               

 この映画の始まりは、なにやらきな臭い。
 それは、乗っ取り屋として知られる黒田社長の「太平洋酒の株を買っとくといいぜ」という会話から始まる。
 株の買占めにかかわる人間が、その情報を他者に提供して自分の株を上げようとするのだから、これはインサイダー取引である。
 かつては、インサイダー取引を厳しく取り締まったりせず、逆に早耳筋と呼んで重宝がっていたことが、この映画から判るだろう。


 主人公・平 均(たいら ひとし)は、口が達者な男だ。太平洋酒のワンマン社長・氏家に近づいて会社に居場所をつくり、トントン拍子で出世していく。
 その姿は、実話を映画化した『フィリップ、きみを愛してる!』の天才詐欺師スティーヴン・ラッセルを思い起こさせる。

 しかし観客は、詐欺師も同然の平 均に痛快さを感じ、応援したくなってしまう。
 それは彼が、芸者まん丸の月賦を負担してやったり、バーの京子に店を持たせてやったり、敵対関係にある氏家家と大島家の子どもたちの恋を手助けしてやったり、氏家解任後は社長復帰に一肌脱いだりと、その場その場で他人の喜ぶことをしながら、自身は下宿住まいのままで、私腹を肥やしたりしないからだ。

 「僕は子供の頃からクビには慣れてるからね。」
 平は、上司に睨まれようが窮地に立とうが平気の平左である。
 組織の一員として悶々とするサラリーマンには、まぶしいくらいの奔放さに溢れている。

 だが、物語を概観すると、平の行動は今ひとつ判然としない。

 平が、まん丸の月賦を負担したり、京子に店を持たせるのは、それによって彼女たちの協力を得て、北海物産との商談をまとめるためだ。彼女たちとねんごろになりたいなどという下心はなく、仕事の成功のためであり、理由はハッキリしている。
 しかし、恋の手助けや、氏家の社長復帰の企みは何のためだろう。
 黒田が太平洋酒を乗っ取り、氏家社長を追い出した後でも、平は会社に居場所を確保している。この時点では黒田に楯突く理由がない。
 恋の相談に乗っても平の得にはならないし、氏家に社長復帰を頼まれたわけでもない。

 弱者の側に立つ平を、観客はなんとなく応援してしまうが、「楽して儲けるスタイル♪」の彼が、なぜそんなことをするのか、劇中では語らない。
 この映画をコメディだと思って、場当たり的な騒動の連続と見てしまうと、平の恐ろしさを理解できない。


 ここで、平が入社1日目に社長秘書と飲んだ際に、太平洋酒を評した言葉を思い出そう。
 「社長も部長もトロいからね。」
 競馬にのめり込みすぎて前職をクビになった平にとって、社長を簡単に操縦できる太平洋酒は居心地が良さそうだったのだ。

 この点を考慮すれば、平の計算が読めてくる。
 平は恋の応援をするようでいながら、氏家家と大島家に恩を売ろうとしていたのだ。恋人同士を駆け落ちさせておきながら、その居場所をネタに大島社長との交渉に臨んだのがその証左である。
 また、太平洋酒を乗っ取った黒田は、氏家前社長とは違って平の手のひらで転がすことはできない。平にとっての居心地を考えれば、氏家が社長の方が都合がいい。

 つまり平は、弱者の見方ではなく、ましてや「義を見てせざるは勇なきなり」なんて考えているわけでもなく、あくまで「楽して儲けるスタイル♪」を貫こうとしているのだ。
 その過程で、感謝されるは、女性にモテるは、いいことづくめである。


 しかし、平は結局、太平洋酒を追い出される。
 黒田の背後から太平洋酒を支配しようとしていた山海食品の大島社長が、氏家を社長に復帰させる条件として平の放逐を命じるのだ。

 乗っ取り屋として鳴らした黒田でも、洋酒業界の経営には向いていなかったようである。
 大島社長は、中途半端な切れ者である黒田に太平洋酒を任せるよりも、トロい氏家を社長に立てて自分が支配した方が良いと踏んだに違いない。
 しかし切れ者の平がいては、完全支配の邪魔になる。
 そこで、大島社長は平を追い出したのだ。

 平はおとなしくクビになり、清々しさを印象付けるが、氏家を社長にするために身を引いたわけではなかろう。
 実質的に大島社長が支配することになる太平洋酒は、平にとって居心地が悪そうだから出ていったのである。

 『ニッポン無責任時代』は、平 均のスーダラ人生を描くようでいて、その実、黒田や氏家を将棋の駒とした大島vs平の熾烈な権力闘争の物語なのだ。

 もちろん平は当てもなく出ていったわけではない。
 接待攻勢を通して北海物産の社長の裏表を把握した彼が、次に北海物産に身を寄せるのはとうぜんの成り行きだ。
 そして平は、太平洋酒にいたとき以上の成功を収めてしまう。


 もっとも、平のやり方は、現代では歓迎されない。

 湯水のごとく接待費を使い、取引先のトップを色と金で落とすのを、1962年の『ニッポン無責任時代』は業務の一環としておおらかに描いていたが、2009年の『沈まぬ太陽』では同様のことを明らかに「悪事」として描いている。
 そもそも平だけではなく、取引先の社長の方が危ない。
 平の取引に応じる代わりに、個人的に多額のリベートを受け取るなど、ガバナンスが働いている組織なら許されない。社長の解任動議を出されるおそれもある。

 とはいえ、接待攻勢をして契約を取る例は今でもあろうし、それがダメでも、平なら現代的なやり方を編み出すだろう。


 「人生で大事なことはタイミングにC調に無責任」と平は歌うが、こう歌うことが我々への目めくらましである。
 平はC調の振りをしながら、その実、人間の本性を見抜き、もっともかなめとなる人物へ、もっとも効果的な攻勢を、手を緩めることなく続けているのだ。
 「こつこつやる奴はご苦労さん」とうそぶきながら。
 今なら、「必死だな(笑)」とうそぶくことだろう。


ニッポン無責任時代』  [な行]
監督/古沢憲吾  脚本/田波靖男、松木ひろし
音楽/神津善行  主題歌作詞/青島幸男  主題歌作曲/萩原哲晶
出演/植木等 ハナ肇 谷啓 安田伸 犬塚弘 石橋エータロー 櫻井千里 重山規子 中島そのみ 団令子 田崎潤 由利徹 峰健二(峰岸徹)
日本公開/1962年7月29日
ジャンル/[コメディ]

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