『マイレージ、マイライフ』の宙ぶらりん人生

 解雇を宣告するのは命がけである。
 クビになる従業員が、宣告を冷静に受け止めるとは限らない。

 米国在住歴の長い吉田耕作氏は語る。
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(略) 私が米国にいたころ、郵便局で働いていた職員が、高圧的な経営に従ってノルマに追いまくられた上、目標に達せず勤務評定を下げられ頭にきて、機関銃を持って局内に乱入し、何人も殺したという事件が1回ならず起きた。

 この例ほど大々的に社会に取り上げられたわけではないが、毎年何人かの管理職は年次評価の不満から部下に銃で殺されているようだ。
(略)
年次評価の結果は給料に大いに反映され、さらに何年か後には良くない評価が場合によってはクビになる前兆となるからだ。
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 年次評価で殺されてしまうなら、解雇を宣告したらいったい何をされるだろう。

 『マイレージ、マイライフ』の主人公ライアン・ビンガムの職業は、解雇宣告の代行サービス。
 直属の上司が面と向かって「解雇だ」と云えないときに、代わって宣告してあげる仕事だ。
 寡聞にしてこのような職業が実在するかは知らないが、代行してほしいと考える上司はいるだろう。

 命がけの職業だから、従業員の前に姿を見せずネット越しに解雇を宣告するのは、効率的だし安全だ。
 ライアンの会社がネット宣告システムを導入しようとするのは、とうぜんと云える。

 ただし、このシステムには1つ問題がある。
 システムが動き出せば、対面式の解雇宣告のプロであるライアンはお払い箱になってしまうのだ。


 ジョージ・クルーニー演じるベテランのライアン・ビンガムと、アナ・ケンドリック演じる新卒のナタリー・キーナーの違いは、日米の対比を見るようで興味深い。

 ライアン・ビンガムの仕事振りは、昔の日本のようである。
 ライアンは、経験を積んで自分の技を職人芸として高めている。空港でゲートを最短でくぐるための細かな着眼点など、トヨタに代表されるQCサークルの活動のようだ。

 それに対してナタリー・キーナーは、米国流だ。
 作業をフロー図にして誰でもできるように工夫したり、ITを活用することで、職人芸からは程遠い素人たちを大量動員して、安価に数をこなす。
 モトローラ等の企業が、日本のQCサークルを参考にしつつ更に工夫してシックスシグマにまとめ上げたようなものである。
 今は日本でも、少なからぬ企業がベテランの持つ暗黙知を形式知にして、生産性を向上している。しかし、ガートナーが世界41カ国のCIO 1,600人以上から調査した結果によれば、世界のCIOにとってビジネス上の優先度第1位は2005年から6年連続で「ビジネス・プロセスを改善する」ことなのに、本項目は、日本では2年連続で第4位でしかない。日本の2010年の第1位は「企業コストを削減する」ことで、これは世界では2位である。ビジネス・プロセスを改善しないコスト削減とは、要するに我慢するということだ。投資を見送る(結果、将来のリターンを諦める)とか、買い叩くとか。本作で云えば、空港のゲートの選びかた程度のことでしかない。


 どちらが良いのだろうか。
 判定するのは顧客である。
 たとえて云うなら、厨房にベテランのシェフがいるレストランと、厨房には自動調理機や食器洗い洗浄機があるばかりでそもそも包丁も置いてないレストランとの違いだ。
 前者に足を運ぶ人がいる一方、後者で値ごろ感のある料理を食べてそれで良しとする人は多い。

 しかし、『マイレージ、マイライフ』は解雇宣告という刺激的な職種を取り上げながら、顧客、すなわち解雇をみずからは云い渡そうとしない上司のことは掘り下げない。
 この映画が本当に描くのは、主人公の仕事ではなく、仕事に疲れたビジネスパーソンを迎えてくれる家族である。

 主人公を取り巻く人々は、仕事に対するスタンスは様々ながら、みんな家庭を築いている。築こうとしている。
 解雇させられる人ですら、宣告を受け入れるかどうか判断するポイントは家族のことだ。
 劇中、こんなセリフがある。「人生で1番楽しかったことを思い出してみろ。そのとき君は1人だったか?」
 家庭を持たず、友人もいない主人公に、この言葉が突き刺さる。

 思えば、『トウキョウソナタ』の総務課長は、退職させられたことを家族に告げることすらできなかった。

 実際のところ、日本では整理解雇の4要件が厳しいので、米国ほど簡単には解雇宣告できないだろう。
 そのかわり、対象者がみずから辞めたくなるように嫌がらせをする。人格否定や誹謗中傷をする。
 入社前に不要と思えば、恫喝して内定を辞退させる。
 人事考課に関しても、正規分布に合わせた相対評価では納得性を確保するのが難しいと云われるにもかかわらず、相対評価している例は後を絶たない。
 相対評価を行うのは、平均以下になった人たち、つまり半分の人の勤労意欲を失わせることなのだが。

 企業をはじめとした中間集団を失ってしまい、心を許せる家庭もなくなりつつある現代人は、ただ孤独に立ち尽くすのみである。


 本作のエンド・クレジットには、「おれ、失業しちまったよ……曲を作ったんで聴いてくれ」という言葉と共に、素朴な歌声が流れる。
 その曲『Up in the Air (宙ぶらりん)』は、実際に勤務先を解雇された52歳のケヴィン・レニックが自身の思いを歌にしてジェイソン・ライトマン監督に贈ったものだそうである。


マイレージ、マイライフ Blu-rayマイレージ、マイライフ』  [ま行]
監督・制作・脚本/ジェイソン・ライトマン  脚本/シェルドン・ターナー  原作/ウォルター・カーン
出演/ジョージ・クルーニー ヴェラ・ファーミガ アナ・ケンドリック J・K・シモンズ ザック・ガリフィアナキス
日本公開/2010年3月20日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ]

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