『許されざる者』の苦悩は『グラン・トリノ』へ続く

 私は映画に点数を付けたり順番を付けたりしないが、雑誌のランキング等はチラチラ見ることがある。
 しかし、あまり映画を観ないせいか、共感よりも疑問を抱くことの方が多い。「なぜこの順番なんだろう、なぜあの作品はランク外なんだろう」と。
 そんななかで、第83回キネマ旬報ベスト・テンで外国映画の第1位が『グラン・トリノ』になったのは、珍しく同感である。第2位の『母なる証明』と同点1位でも良いと思うが、とにかく上位2作品に異存はない。

 ところが『グラン・トリノ』は、米国では各賞の選考から漏れている。アカデミー賞なんてノミネートすらしていない。
 わずかにナショナル・ボード・オブ・レビュー賞の主演男優賞を受賞したくらいである。

 なぜだろう?
 『グラン・トリノ』を観てからずっと疑問だった。
 しかし、遅まきながら『許されざる者』を観る機会を得て、理由の一端が判ったような気がした。

 要は、同じ(ような)作品に2度も賞は与えないということなのだろう。
 この年、第81回アカデミー賞の作品賞にノミネートされた5作品は、いずれもそれまでにない何かを打ち出そうとしている。この5作品の中なら、最終的に『スラムドッグ$ミリオネア』が受賞したのは順当だ。
 しかしクリント・イーストウッドは、すでに『許されざる者』で第65回アカデミー賞の作品賞をはじめ多くの賞を受賞している。映画芸術科学アカデミー等の選考団体は、「こういう映画は『許されざる者』で評価済みですから」と云いたいのだろう。

 だが私は、同じ(ような)作品を2度も作れることこそ偉大であると思う。
 観客から「ああいう作品をもう1度見せてくれ」と熱望されてもそれがかなわない作り手が少なくない中で、同じ路線でまたも優れた作品を生み出す監督は、本当に稀有の存在だろう。


 いわずもがなだが、『許されざる者』と『グラン・トリノ』の構造には、次のような類似がある。

 『許されざる者』の主人公は、『荒野の用心棒』等の流れ者を髣髴とさせる人物。
 かつてはそのガン捌きで相手を情け容赦なく撃ち殺した。いまでは妻に先立たれ、多くの命を奪ったことを深く後悔し、真人間として生きようとしている。だが、イーストウッドといえば賞金稼ぎと決まっているわけで、否応なく銃を手にすることになる。

 『グラン・トリノ』の主人公は、『ダーティハリー』のハリー・キャラハン刑事を髣髴とさせる人物。
 刑事でこそないものの、米国の基盤である自動車産業に長年従事し、朝鮮戦争では勲章ももらっている、かつてなら英雄視される人物だ。いまでは妻に先立たれ、戦争とはいえ多くの命を奪ったことに罪の意識を持ち、静かに暮らそうとしている。だが、イーストウッドといえば犯罪者と闘う一匹狼と決まっているわけで、否応なく銃を手にすることになる。

 また両作とも、道を踏み外しそうな若者が登場し、業を背負った主人公が厳しく接するのも同じだ。

 いずれも、クリント・イーストウッドの過去の作品を知っていればいるほど、過去の所業を後悔する主人公に感銘を受ける。『夕陽のガンマン』の賞金稼ぎの頃は、ならず者の死体を、換金のための手形のように数え上げていたのとは大違いだ。

 「俺は生まれ変わった。」
 『許されざる者』の主人公はつぶやく。
 生まれ変わった象徴は、葉巻を吸わないことだろう。唾も吐かない。イーストウッドが唾をペッと吐かないなんて、本当に生まれ変わったのだ。


 『許されざる者』と『グラン・トリノ』が大きく異なるのは、死との距離感だ。
 62歳のイーストウッドと78歳のイーストウッドの、死へのスタンスの違いとも云える。

 『許されざる者』の主人公は、常に死と隣り合わせでいる。大病を患って死線をさまよい、多くの者の銃の標的になっている。
 しかし死ねない。
 死はときとして人を美化し、英雄視させる。
 だが、かつて罪を犯した彼は、生まれ変わったつもりでいても常にその罪を指摘され続ける。
 胸に後悔の大きな塊を抱え続ける。
 銃撃戦で生き抜いても、カタルシスはない。
 罪を犯した者は、十字架を背負って生き続けるしかないのだ。


グラン・トリノ [Blu-ray]許されざる者』  [や行]
監督・制作/クリント・イーストウッド  撮影/ジャック・N・グリーン
出演/クリント・イーストウッド ジーン・ハックマン モーガン・フリーマン リチャード・ハリス
日本公開/1993年4月24日
ジャンル/[西部劇] [ドラマ]

グラン・トリノ』  [か行]
監督・制作/クリント・イーストウッド  撮影/トム・スターン
出演/クリント・イーストウッド ビー・ヴァン アーニー・ハー
日本公開/2009年4月25日
ジャンル/[ドラマ]
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⇒comment

グラントリノありがとう。

この映画はよく出来てました。
イーストウッド老いてますますですね。
ここまでは無いにしろ町内に一人は
偏屈な爺さんや婆さんっていますもんね^^
でもある意味正義とか男の美学みたいな
ものを考えさせられました。
良い勉強をさせていただきイーストウッドさんに
感謝しとります。
それにしてもグラントリノいい車ですね。

Re: グラントリノありがとう。

やっちんさん、こんにちは!
イーストウッドは、いい爺さんになってきましたね。
隣人がこんな爺さんだったら、周囲は辟易するかもしれませんが(^^;
今後も役者としても活躍して欲しいものです。

No title

久しぶりに劇場で観れる機会があったから観てきました。くうーっ、イーストウッドかっくいー。あの皺が西部に合うんですよね。荒くれ者の顔なんです。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
やっぱりイーストウッドのガンマンは最高ですね。ガンマンじゃなくてもイーストウッドは最高なんだけど。
またタバコを吸って、ペッて唾を吐いて欲しいです。

グラントリノが、評価されない理由は分かりませんが、アカデミー賞の評価対象に選出されなかったのは、制作したワーナーが、ベンジャミンバトン(だったかな?)を推したからですよ。
各映画会社が、一作ずつ推薦してその中から作品賞なり、俳優賞を選ぶようです。
個人的にもナンバーワンなのですが、グラントリノを推してほしかったです!

Re: タイトルなし

ハリーさん、コメントありがとうございます。
たしかに同年ワーナーからは『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』がノミネートされてます。本作は、ワーナーの社内選考にも残れなかったということですね。
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』も悪い映画じゃないし、このときデヴィッド・フィンチャー監督はほとんど無冠の状態だったから、候補に推されるのも判らないではないですが、やっぱり『グラン・トリノ』を推して欲しかったですね。
キネ旬1位はもとより、セザール賞とかブルーリボン賞とか、外国では(『スラムドッグ$ミリオネア』を打ち破って)賞を獲ってるのに!

ブログ主さんの仰るとおりだと思います。あと、ベンジャミンバトン数奇な人生は、制作費が1、5億ドルもかけて作られた映画ですので、そちらも原因かと思われます。

ブログ主さんの仰るとおりだと思います。
あと、ベンジャミンバトン数奇な人生は、制作費を1、5億ドルもかけてますから、そちらも原因かと思われます。

Re: タイトルなし

ハリーさん、こんにちは。
会社としては金をかけた方を推して売上増を図りたい、ということもあるかもしれませんね。
ちなみに、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』は制作に1.5億ドルかけて興行収入が3.3億ドル。
『グラン・トリノ』は制作に3.3千万ドルかけて興行収入が2.7億ドル。
どちらが会社に貢献しているんでしょうね。
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