『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』対談 第二章までを巡って

 『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』の劇場公開がはじまった。
 2017年2月に『第一章 嚆矢篇』と銘打って第1話~第2話が、同年6月には『第二章 発進篇』として第3話~第6話の特別上映が行われた。

 当サイトにデスラー及びガミラスに関する考察を連載されているT.Nさんもまた、2202を観るために足を運ばれた一人だ。T.Nさんと当サイト管理人のナドレックは、今後の連載について相談するかたわら、2202に関して意見を交換した。
 旧作『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』と『宇宙戦艦ヤマト2』のリメイクでありながら、新作『宇宙戦艦ヤマト2199』の続編でもある『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』。旧作とは何が同じで何が違うのか、2199から何を受け継いだのか/受け継がなかったのか。

 波動砲やヤマト出撃の描き方を中心に交わしたやりとりを、ここに公開する。
 以下は、第二章公開時点でのメールの往復を対話形式に編集したものである。

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 1 [Blu-ray]T.N:『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』の第一章と第二章を観て私が強く感じたのは、「2202の製作者たちは地球と波動砲が活躍する話が描きたい」のではないかということです。というのは戦闘シーンを見る限り、波動砲が活躍できるように意図的に計算して描かれているからです。

 例えば2202第一章の艦隊戦では、艦艇がのそのそと鈍重に動く描写に変更されています。2199のガミラス艦が冥王星沖海戦やドメルのガトランティス討伐戦で高速で疾走していたのとはまったく対象的な描写です。また、ガトランティス艦隊は浮遊大陸程度の狭い範囲に密集したまま散開も機動も行わない。これなら拡散波動砲のように広域を照射できる艦首砲一発で全てを薙ぎ倒せるでしょう。

 このように2202は波動砲が非常に効果的な武器であるように描写されています。そこに私は「地球艦隊と波動砲を活躍させたい」という2202の製作者達の情念を強く感じました。


ナドレック:『宇宙戦艦ヤマト2199』のガミラス艦隊は、特に説明がなくても十字型や円筒型の陣形をとっていて、合理的にヤマトを追い込んでいました。だから手に汗握る戦闘が展開されたのですが、2202の第一章と第二章を鑑賞する限り、そういう見せ方はしていませんね。おっしゃるとおり、ガトランティス軍は拡散波動砲でなぎ払ってくれと云わんばかりの状態です。波動砲の威力を印象づけるためだとしても、せっかくの艦隊戦なのにもったいないと感じました。


宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 2 [Blu-ray]■旧作とは異なる地球の描写

T.N:また、地球人がガミラス大使にまるでガミラスと肩を並べる大国であるかのような丁々発止の会話を交わす(アンドロメダ級の進水シーンなど)描写があることからも、外敵が来るたびに全滅する情けない旧シリーズの地球と決別したいという製作者達の意気込みをも感じました。

 これらの地球と波動砲への情念が前面に押し出された結果、2202は2199で見られた戦いの合理性が影を潜めてしまったと私は考えています。


 ――第二章でマルチ隊形を敷く波動砲艦隊や建造中の波動砲艦が出てくるが、あの程度の数で星間国家との戦争に勝てると芹沢たちは本気で考えているのだろうか?ガミラスが万単位の艦艇を動員できることをヤマトから報告されているはずなのだが。
 そしてザルツ人にあれだけ横柄で傲慢な態度をとるガミラス人が地球人と簡単に仲良くできるのだろうか?ガミラス大使は地球人に「単に我々はイスカンダルの口ぞえがあったから滅ぼさずにおいただけだ」という態度をとるのではないか?

 ――現代の将校らしい分別のある2199の古代なら、波動砲を作ったところで戦争に勝てないと地球の首脳達にハッキリ指摘するのではないか。田畑と地上の工場が絶滅した地球は確実に深刻な困窮状態にあるはずで、古代は「目先の軍備を整えるのではなく、百年の大計を立てて今目の前で飢えている人々の為に波動エネルギーを使うべきだ」と主張するのではないだろうか?


 2202の描写に関して、私は上記の疑問を感じています。2202は地球のかっこいい姿を描写しようとするあまり、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』で描写されたおごり高ぶる地球の愚劣さが非常に薄められる内容になるのではないかと懸念しています。


さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち [Blu-ray]■決起する有志たち

ナドレック:『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』の作り手は、必ずしも地球をかっこよく描きたいと考えているわけではないと思います。
 旧作(『さらば―』『ヤマト2』)の地球は繁栄に酔い、驕っているようでしたが、2202では地球が軍備拡張路線をひた走る様子が強調されています。旧作に比べると、おごり高ぶる者の愚劣さが薄められたように感じられますが、これは古代たちヤマトクルーの描き方との対比からやむを得ないのだと思います。


 平和に溺れて惰眠をむさぼり、危機が迫っているのに取り合おうしない人々に見切りをつけ、わずかな有志が立ち上がって、強大な敵に戦いを挑む……という話は、松本零士氏の得意とするところで、『さらば―』に先行するマンガ版『宇宙海賊キャプテンハーロック』もそういう話でした(アニメ版の『宇宙海賊キャプテンハーロック』は、打倒ハーロックに全力を挙げる切田長官なるオリジナルキャラクターを登場させてしまい、ハーロックの仲間以外は全員愚劣で惰眠をむさぼっているという重要な設定を台無しにしてしまいましたが)。

宇宙海賊キャプテンハーロック 第1巻 (サンデーコミックス) 『宇宙海賊キャプテンハーロック』でこの物語が成り立ったのは、ハーロックと40人の宇宙海賊が自由人であり、何ものにも縛られず、信念のままに行動するということが、作品の核だったからです。ハーロックは誰かの命令を受けたりしませんし、誰かに意見を申し述べたりもしません。自分がやろうと思ったことをやる、やろうと思ったら誰にも邪魔させない。それだけです。その自由さが、ハーロックたち宇宙海賊の魅力であり、彼らが宇宙海賊(お尋ね者)たるゆえんなのです。

 対して、古代進をはじめとする宇宙戦艦ヤマトのクルーたちは、軍人・軍属です。軍の指揮命令系統に組み込まれており、これに反することは許されません。
 にもかかわらず、彼らはテレサのメッセージに呼応して、勝手にヤマトで出撃してしまいます。これは国家に対する反逆です。目的のいかんに関わらず、軍人がもっともやってはいけないことです。

 勝手に行動する軍人に関して、日本人は苦い記憶を持っています。
 1932年5月15日、18人の青年将校らが方々を襲撃して時の首相を殺害。結果的に政党政治を終わらせてしまいました。
 1936年2月26日には、政治の腐敗を正し、貧困に苦しむ人々を救済しようと青年将校らが決起し、総勢1,483人があちこちを占拠して多くの人を殺しました。
 中国大陸では関東軍が満州事変を引き起こし、陸軍統制派は日中戦争を拡大させ、遂には米英各国との全面戦争をもたらして、大日本帝国を滅亡へと追いやりました。

 この軍人たちは何も悪事を働こうと企んだわけではありません。腐敗し国を危うくする(と彼らには見える)政党・政治家よりも、自分たちの行動のほうが国にためになると考えたのでしょう。
 軍が勝手に行動したといっても、必ずしも軍が孤立していたわけではありません。満州事変後、勝ち戦のうちは世論は軍の味方でしたし、逆に、政争に明け暮れる政党のほうが民衆から愛想を尽かされていたといいます。

宇宙戦艦ヤマト 復活篇 [Blu-ray] 愚劣な上層部を無視して英雄的行動に突っ走る古代たちの姿は、これら戦前戦中の軍人たちに重なります。
 『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』や『宇宙戦艦ヤマト2』が世に出た当時、私はこの相似に思い至りませんでした。
 強烈だったのは、やはり『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』です。石原慎太郎氏を原案に迎えたこの映画は、ABCD包囲網に苦しむ日本の姿を投影したと云うだけあって、1930~1940年代の状況そのままです。惑星アマールは中国大陸、地球人が入植をはじめたアマールの月は満州、敵対する大ウルップ星間国家連合はABCD包囲網かつ連合国、大ウルップ星間国家連合の中でも最大の国SUSはスーパーUS(米国の拡張版)といえるでしょう。
 アマールの月への入植(満州の権益)を邪魔された古代たち(関東軍)が、地球(本国)の了解もなしに戦端を開くのは、満州事変を思わせます。大ウルップ星間国家連合の一員であるアマールが、本当はSUS率いる星間国家連合から独立したいと願っていて、星間国家連合と戦うヤマトに(自分も連合の一員でありながら)共感するという流れは、中国を含むアジア諸国に攻め込みながら、大東亜戦争はアジア解放のためだったという言説の宇宙版といえましょう。
 満州事変を起こした関東軍を肯定したかつての世論の亡霊のような面が、『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』にはありました。

 『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』ほどあからさまではないにしろ、上層部の意向を無視して戦いはじめる軍人を英雄視する傾向が、宇宙戦艦ヤマトシリーズにはしばしば見受けられます。
 そして『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』を念頭に置いて振り返るとき、その嚆矢にして最たるものが『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』のヤマト出撃だったことに気づくのです。


宇宙戦艦ヤマト2199 Blu-ray BOX (特装限定版)■2199の取り組み

ナドレック:『宇宙戦艦ヤマト』のリメイクのみならず、シリーズ全体の再構築を目指した『宇宙戦艦ヤマト2199』は、この問題にも切り込みました。第11話から第13話にかけて、現場の軍人が勝手に判断することの是非を問うたのです。
 ただしそれは、戦おうとしない人々に見切りをつけて自分たちだけで決起する話ではなく、上層部から下された戦闘命令に応じないで、戦いを避けようとする話でした。たとえ命令に反してでも、ときには立ち上がらない勇気が必要なのではないか。そう問いかけた『宇宙戦艦ヤマト2199』は、暴走する軍部を称賛する傾向を持つ旧シリーズへの明らかな反論でした。

 しかも、地球ではもっぱらガミラス側が戦争をはじめたとされていたのに、実は先に戦端を開いたのは地球側であることを暴いたエピソードによって、開戦のきっかけには欺瞞があることも指摘しました。
 このエピソードは、満州事変のきっかけとなった柳条湖事件が、本当は関東軍によって起こされたものなのに、中国軍の犯行と発表されて日本中それを信じていたことが念頭にあったに違いありません。

 戦争の愚かさ、欺瞞をよく知る2199の作り手は、宇宙戦艦ヤマトシリーズに見え隠れする戦前の軍部を肯定する雰囲気を払拭し、後世のために新しい物語を紡ごうと、このような作り込みをしたのでしょう。


宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 1 [Blu-ray]■2202の取り組み

ナドレック:『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』及び『宇宙戦艦ヤマト2』のリメイクを作る上で、ヤマト出撃に至る経緯の描き方が難しいことは、2202の作り手も判っていたはずです。『さらば―』『ヤマト2』の序盤のかっこよさは、立ち上がろうとしない人々に見切りをつけてわずかな有志が決起する心意気にありましたから、そこから大きくは変えにくい。けれども、旧作どおりにすれば、国家に反逆して戦争に乗り出す軍人を肯定的に描くことになってしまいます。それは今の時代にあり得ないでしょう。

 この難題に取り組むため、2202の作り手は様々な工夫を凝らしています。

 まず、亡き者の幻影が現れて、ヤマトクルーの多くに「ヤマトに乗れ」と告げます。思いもかけない死者の言葉に、古代たちはひどく悩みます。
 作り手たちは、スピリチュアルな展開にした上で、死者のサンクコスト(ここでやめたら死んでいった者に顔向けできないと思ってしまう人情)を喚起する手法を使って、観客の感情を揺さぶったのです。

 また、『ヤマト2』で描かれたヤマト発進を阻止しようとする地球防衛軍との攻防戦を強化し、アクションシーンの躍動感で観客を高揚させて、観客から違法行為の是非を考える冷静さを奪います。

 とっておきの変更は、ガミラス帝国がヤマトの行動を擁護することです。旧作ではヤマトクルーの孤独な反乱でしたが、本作では外国政府がお墨付きを与えることにより、地球連邦政府が狭量なだけで宇宙全体から見ればヤマトクルーのほうが正しいと感じられるように演出しました。
 T.Nさんのおっしゃるように、2199からの流れで考えれば、他民族への蔑視がはなはだしかったガミラス人が簡単に古代たちの肩を持つのは不自然です。それでも敢えてガミラス帝国を物語に絡ませたのは、古代たちの行動に無理があるところを説明するデウス・エクス・マキナとしてガミラスを活用するためでしょう。ガミラスの駐地球大使ローレン・バレルや地球駐在武官クラウス・キーマンが物語の要所々々で古代たちの行動を正当化してくれなければ、とてもじゃないけどこの物語は成立しなかったはずです。2202は、2199が残してくれたガミラス帝国との友好関係という要素を最大限に活かしているのです。

 さらに、テレサからのメッセージの受信とガトランティスとの戦いを切り離して描くことで、ヤマト出撃は戦いのためではなく、困っている人を助けに行くためという描き方にしています(ここは『ヤマト2』よりも『さらば―』に近い)。
 本来これはおかしなことです。上官の制止命令を振り切ってまで行きたいのなら、せめて辞表を出して軍人の身分を返上し、民間船をチャーターすべきです。
 2017年8月現在、12人の日本人がスパイ容疑で中国当局に捕らわれています。けれどもその全員が本当にスパイだと思っている人はいません。権力基盤の強化と軍事力増強を進める習近平政権下の中国で、スケープゴートにされたのだと見られています。一刻も早い解放が望まれますが、だからといって、たとえば現役自衛官が無断で駆逐艦を動かして邦人救出に向かうようなことは許されません。もしもそんなことをすれば戦争になります。日本政府は全力で彼らを止めるでしょう。止めねばなりません。
 本作では、古代が長広舌をふるって、助けに行くことの尊さや意義を力説する一方、彼らが軍人であり、動かそうとしているのが軍艦であることには触れないようにしています。古代たちを邪魔立てするのは憎々しい芹沢虎鉄なので、観客はどうしたって古代たちに理を感じるようになっています。

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 2 [Blu-ray] 工夫の極めつけが、地球の描き方です。
 旧作の地球上層部は、繁栄に酔って堕落している設定でした。しかし、愚劣なようでも彼らは平和的な存在でした。他方、軍艦を奪って決起するヤマトクルーは、上層部よりも好戦的です。これではどうあがいても、暴走する軍人を肯定する物語になってしまいます。
 この構図を反転させたいがため、2202では旧作以上に地球連邦の軍拡路線を強調したのではないでしょうか。
 上層部は再軍備に余念がない一方で、古代たちはあくまで救援に向かいたいだけであるとするならば、好戦的なのは連邦政府で、古代たちは相対的に平和な存在に見えるはずです。旧作に比べて地球の描き方が変わったのは、物語の骨格を継承しつつ、古代たちを好戦的な反逆者に見せないための処置なのだと思います。
 だから、救援に向かうべきという古代の意見がなぜ却下されたのか、劇中ではハッキリした説明がありません。旧作では、上層部に立ち上がるだけの気概がないということが明白でしたが、2202ではその理由が使えない以上、説明できるはずがないのです。


ナドレック:実は、旧作のように、立ち上がろうとしないだらしない政府と、高い志を持って立ち上がる者たちの対立の構図にしたほうが、物語としては判りやすくなります。何しろ戦前の日本人は、この構図を受け入れて関東軍にやんやの喝采を送ったのですから。

 けれども、2202の作り手は、物語を変えずに構図だけ変える苦しい舵取りを選んだようです。

 変え方はいろいろあったはずです。先に述べたように、古代たちが軍人を辞めて民間船でテレザートに向かうことも考えられます。地球連邦防衛軍の上層部が古代の進言を聞き入れて、正式にテレザート救援を命ずることもできたはずです。こうすれば、古代たちが反逆者になることは避けられます。あるいは、古代の意見を却下したのは芹沢で、藤堂長官の知るところとなって許可が出た、という展開だって考えられました。
 他の作品ならいざ知らず、ヤマトのリメイクに携わる人たちは、みずからがヤマトのファンで、オリジナルが発表されてからの40年間、ヤマトのことを考え続けてきたのでしょうから、ありとあらゆる可能性を吟味し尽しているはずです。そして、40年のあいだに培った世界観、歴史観、人生観と様々な知見のありったけを注いで導き出した妥当な解が、いま観客の前に提示されているはずです。

 ですから、その作品を納得して受け止めたいところです。
 しかし、私にはどうもしっくり来ません。ヤマトの出撃に関していえば、結局は暴走する軍人をいかにして肯定するかに腐心しているように見えてしまいます。


宇宙戦艦ヤマト2199 コスモリバースVer.■波動砲を封印する意味

ナドレック:気になるのはそれだけではありません。
 たとえば、封印を解かれてしまうヤマトの波動砲。
 芹沢が波動砲艦隊計画を推し進めるのはともかくとして、ヤマト自体の封印の解除をクルーが受け入れてしまうとはどうしたことでしょう。
 もちろん、これからの長丁場、ヤマトが波動砲を封印したままでいるとは思っていませんでしたし、作り手としては、たとえばアンドロメダの拡散波動砲では敵わない敵をヤマトの収束波動砲が粉砕する爽快感等を再現したいところかもしれません。ですから、どこかの時点で何らかの形でヤマトの封印が解かれることは覚悟してましたが、よもやこうもアッサリ済まされるとは予想だにしませんでした。

 2199で波動砲が封印されたのは、単に強大な兵器というだけではなく、宇宙を引き裂いて大きな災厄をもたらすおそれがあったからです。こういうアイデアは、SFでは珍しくありません。たとえば、エドモンド・ハミルトン著『スター・キング』の超兵器ディスラプターは、宇宙を消し去って敵味方関係なく滅ぼしてしまうため、滅多なことでは使えないように封じられていました。波動砲も、敵も味方もお構いなしに壊滅させる最終兵器だからこそ、使ってはならなかったのです。もちろんそれは、現実のICBM等の比喩でもあります。

 波動砲の封印は、おそらくその復権のためでもあったのだろうと思います。はじめて作品に登場したとき、あまりの威力に誰もが恐怖した波動砲も、やれ拡散波動砲だ新波動砲だ拡大波動砲だトランジッション波動砲だとエスカレーションするうちに、単なる凄い主砲に成り下がってしまいました。それを再び誰もが恐怖する最終兵器の座に据え直す。これも2199の作り手の狙いであったでしょう。
 そう考えると、封印しなければならないほどの兵器であることを知るヤマトのクルーたちが、封印を解くことにさしたる葛藤もなく、むき出しの波動砲に恐怖しない2202の展開に、2199との断絶(というか落差)を感じてしまいます。

 さらに云えば、波動砲とは菊の御紋に当たるものでもあります。
 旧シリーズ制作時にヤマトのデザインを検討した際、西崎義展プロデューサーが強く主張したのが戦艦大和の艦首にある菊の御紋を宇宙戦艦ヤマトにも付けることでした。けれども、松本零士氏は軍国主義の象徴のような大和の菊花紋は付けたくない。「絶対に必要だ」「絶対に付けない」と意見が対立する中、デザインのクリーンナップを担当していた宮武一貴氏が「じゃあ、菊の御紋に見えれば良いんですよねってことで、(艦首の)菊の御紋をそのまま引っ込めた」。これにより、普段はただの穴だけど、正面を向いたときだけ砲口内の施条が花びらのようになって菊花紋に見えるデザインが誕生しました。これが波動砲です。
 この穴に蓋をすることで、シリーズ史上はじめて菊の御紋が見えないように――ようやく松本零士氏の当初の希望どおりに――したのが2199でした。
 この蓋を取ってしまう――それもアッサリと――ことに、私は動揺しました。


宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 3 [Blu-ray]■いつか来た道

ナドレック:命令を無視して出撃したヤマトの行動を、結局追認してしまう司令長官の態度も問題です。
 旧作をなぞったのだといえばそれまでですが、暴走する軍人を止めるどころか後から認めてしまうのは、満州事変を容認してしまった若槻内閣や犬養内閣、あるいは日中戦争を拡大させないと云っていたのに結果的には戦争拡大に加担してしまった近衛内閣を思わせます。
 ユーモアでいっぱいのファンタジー『モンスターズ・ユニバーシティ』ですら、素晴らしい活躍をしても規則に反した主人公たちはちゃんと退学処分になったのに、多くの規律に違反した古代たちを咎めず、うやむやにしてしまう流れには、歴史に学んだのだろうかと疑問を抱かずにはいられません。


 劇中で軍拡を批難するセリフを繰り返すのは、作品が軍国主義的にならないようにとの配慮からでしょうけれど、それで充分といえるのかどうか……。
 第三章以降の展開で、私の感じるモヤモヤが晴れれば良いのですが。


T.N:私の思考実験小説は、これからガデルとヴェルテの対話が進むにつれ、「再軍備だ、拡散波動砲だ」と息巻く地球が如何に愚劣なことをしているかが浮き彫りになるようにしたいと考えています。戦争の姿に関して、2202と私の小説は同じ2199を基にしたとは思えないほどの違いが出てくることでしょう。
 二次創作としての限界はありますが、2202とはまったく異なる「もう一つのヤマト」を作るべく精進を続けたいと思います。今後もお付き合い頂けますようよろしくお願い申し上げます。


ナドレック:よろしくお願い致します。


宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 1 [Blu-ray]宇宙戦艦ヤマト2202 第一章 嚆矢篇』  [あ行][テレビ]
第1話『西暦2202年・甦れ宇宙戦艦ヤマト』 絵コンテ/榎本明広 演出/加戸誉夫
第2話『緊迫・月面大使館に潜行せよ』 絵コンテ/アミノテツロ 演出/上坪亮樹
日本公開/2017年2月25日

宇宙戦艦ヤマト2202 第二章 発進篇
第3話『衝撃・コスモリバースの遺産』 絵コンテ/二瓶勇一 演出/川崎ゆたか
第4話『未知への発進!』 絵コンテ/加戸誉夫 演出/加戸誉夫
第5話『激突!ヤマト対アンドロメダ』 絵コンテ/中村里美 演出/矢野孝典
第6話『死闘・第十一番惑星』 絵コンテ/榎本明広 演出/星野真
日本公開/2017年6月24日

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 2 [Blu-ray]監督/羽原信義  副監督/小林誠  原作/西崎義展
シリーズ構成/福井晴敏  脚本/福井晴敏、岡秀樹
キャラクターデザイン/結城信輝
音楽/宮川彬良、宮川泰
出演/小野大輔 桑島法子 鈴村健一 大塚芳忠 麦人 千葉繁 てらそままさき 神谷浩史 田中理恵 久川綾 赤羽根健治 菅生隆之 神田沙也加
ジャンル/[SF] [アクション] [戦争]
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【theme : 宇宙戦艦ヤマト2202
【genre : アニメ・コミック

tag : 羽原信義 西崎義展 小野大輔 桑島法子 鈴村健一 大塚芳忠 麦人 千葉繁 てらそままさき 神谷浩史

⇒comment

No title

2199の続編が制作されることが発表された際、多くの方が波動砲の扱いはどうなるんだろうと考えていたことと思います。私はその当時から、(事の善し悪しは別にして)波動砲禁止条約は反故にされるだろうなと考えていました。何せ、ガミラス戦役で多くの犠牲者を出し、星巡る方舟ではガトランティスとも交戦済み。未だ見ぬ星間国家が存在することも考えれば、政治家も民衆も「二度と地球本土を犯されることのない力が欲しい」と考えるでしょうしね。現代日本でも、ミサイル防衛システムで日本に撃たれ得る核ミサイルを全て撃墜することが困難なことは分かる人は分かっていますが、「出来ないからと言って整備しないと言う選択肢は取れない」点を考えれば、新政府に取っては「波動砲艦隊構想」しか選択肢はなかったのでしょう。そういった意味では嚆矢篇の地球の描写は納得の出来る物(軍拡に賛成かどうかは別)でした。
むしろ疑問、消化不調なのは旧ヤマトクルーが新政府の何に不満を持っているのかが分からない(波動砲が嫌なのか、軍拡路線が嫌なのか、両方なのか、代わりにどんな復興を望んでいたのかが分かりませんので)点、そしてテレザートに飛び立つ動機です。このうち後者については、第5話の真琴が話した事(順番だよ。以下)が一つの答えなのかなと思っています。
思うに2202とは「2199によって完成したヤマト世界」がその後どのように推移するかの思考実験、そしてその世界が太平洋戦争後に手を取り合った日米と周辺諸国に近しくなる事を好機として、「現代日本を取り巻く国際情勢」を投影しているのだと思います。核兵器(波動砲)無しの安全保障が描けない日本(地球)、核兵器を否定する戦争経験者(ヤマトクルー)、一国での地域安全保障に限界を感じているアメリカ(ガミラス)、軍拡・軍事行動を進める中国、北朝鮮(ガトランティス)等、よく重なります。そしておそらく、この後描かれていくのは「波動砲とのつきあい方」なのではと思っています。核兵器全廃が平和に資すると考える人もいれば、主要なファクターが全員核兵器を持った方が結果的には戦争の抑止に資すると考える人もいます。この問題に明確な正解など存在しないと思います。2202スタッフは、敢えてこの問題に取り組み、「一つの答え」を描こうとしているのではと考えています。

Re: No title

keiosさん、コメントありがとうございます!
たしかにヤマトクルーが新政府の何に不満を持っているのかは、よく判りませんね。軍拡路線に反対して軍縮を主張するわけでもないですし、少なくとも波動砲を装備することには反対なのだろうと思っていたら、ヤマトの波動砲の封印を解いても平気そうなので驚きました。

思えば、旧作『さらば―』や『ヤマト2』でも、復興した地球の何が不満なのか納得のいく説明はありませんでした。真田さんは自動化が徹底したアンドロメダを批判して、「この艦では勝てない」と云ってましたが、まるで自動化が進んだ新幹線よりも人手で燃料をくべる蒸気機関車のほうが速くて快適だと云っているようなもので、賛同しがたかったですね。
けれども、旧作のときは心情としては判らないでもありませんでした。劇中で口をつく不満は、戦前戦中を生きてきた作り手たちが、戦争を忘れたように繁栄を謳歌する当時の日本に対してぶつけていたものなんですね。いつの時代にも、昔を懐かしみ、昔の苦労を偲ぶ人はいるものですが、特に旧作の作り手たちは戦時中や戦争直後の苦労を知っているだけに、云わずにはいられなかったのでしょう。その不満に共鳴するかどうかはともかくとして、第一作が戦時中の話であり、『さらば―』『ヤマト2』が高度経済成長後の日本であることは受け手にも一目瞭然だから、たった一年で復興したという無茶な設定も「34年間の戦後復興のメタファーなんだな」「一年かどうかは問題ではないんだな」と判ったわけです。

しかし、2202の作り手には――もちろん受け手にも――共有する「戦争体験」がありません。にもかかわらず、不満を抱いたヤマトクルーがヤマトを強奪して勝手に発進してしまう、という物語だけ受け継いでいるから、しっくり来ないんですね。
少なくとも、宇宙戦艦〈ゆうなぎ〉の艦長としてガミラスとの共同作戦に臨んでいる古代は、軍縮を唱えるでもなく、他国との軍事同盟に反対するわけでもなさそうです。
では、遊星爆弾を落とされて滅亡しかかっていた地球が復興できたというのに、何が不満なのか。その不満は現実世界の何を表現したものなのか。旧作以上に判りにくくなったように思います。

テレザートに飛び立つ動機について、真琴の「順番だよ」という言葉は非常に説得力のあるものでしたね。ただ、これとて感情や思い込みの域を出ていないように思います。本来、反逆行為への加担をためらう島だけがまともな判断力を残していたと思うのですが、旧作でも2202でも、行動する古代には気概があって、ためらう島は意気地なしのように見えてしまうのが残念です。
五・一五事件を起こした将校たちは人殺しの犯罪者だというのに、当時の民衆のあいだで助命嘆願運動が起こり、その量刑は軽いもので済まされてしまいます(これが、後の二・二六事件を誘発したと云われます)。動機が主観的に美しければ、やったことの甚大さは見逃されてしまう風潮は、昔も今も変わらないのだなぁと思います。

ちなみに、テレザートに飛び立つ動機については、島大介役の鈴村健一さんが面白いことをおっしゃっていました。曰く、古代も真田さんも裸のテレサを見たら興奮して「俺は行くぞ」と止まらなくなってしまったと。冷静なのは島だけだったと。
初日舞台挨拶のときの話で、ツイートしちゃダメって云われましたけど、もう半年経つのでここに書いてもお許しいただけるでしょう。


それはともかく、作品を世に問うからには2202も現代社会を何らかの形で反映させているのだろうと思います。
福井晴敏氏は「波動砲封印問題は原発問題と、ガミラスとの同盟は日米安保と重なります。他にもいろいろと、すべて現代日本に当てはめられることばかりなんです」と述べています。
――東スポ「日本のアニメ界を一変させた宇宙戦艦ヤマトの多大な影響」2017年03月01日
  http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/657023/

こんにちの日米関係は、日本が米国との戦争に敗れて米国の庇護下に入ったことの延長にあるわけですが、2199の地球はガミラスに負けたわけではないので、大国と戦争しても大国を退け、その大国と和解して関係強化に努めている越米関係のほうが近いかもしれません。
また、keiosさんご指摘のとおり波動砲は核兵器を模すものと考えられますが、福井氏が持ち出している原子力発電は劇中では波動コアと波動エンジンに相当するはずで、このあたりがどのように整理され、語られていくのか、興味あるところです。

2202は失われた未来を取り戻せるのか?

ナドレックさん、T.Nさん、こんにちは

興味深い論議をありがとうございます。

私も 2202 に関してはモヤモヤとした気持ちを抑えられなかったので、
こうして議論されている内容を見ますと大変参考になります。

やはり2199と2202は作り手が違うということがはっきりとわかる作りかと感じました。
私は「さらば」がヤマトシリーズの中で最も嫌いな作品なのでリメイクである本作もなかなか冷静に見ることができないでいますが、印象などを書かせてもらえたらと思います。

まず感じたのは違和感でした。
特に激しい違和感を感じるのは真田さんと沖田の描き方です。
真田さんは第一章でテレサのメッセージを受け取ったとき、「心で感じ取らされた」と言い、
第二章では「それが、ヤマトとともに歩んだ我々の道なんだ」と言いますが、
こんなに感情的にものを言う人物だっただろうか?と。
2199の真田さんは、ものごとを合理的に考える冷静なキャラクターとして描かれていました。
それは、オルタの話で人間に心があるかどうかわからないといったりピンガーを打つ判断をしたり、命令には忠実に囮であることを守に話せなかったと告解する場面に現れています。
それは感情がないというわけではなく、一見冷たく見えるように感情を殺して合理的に行動をしようとしている人であるということでした。
しかし、2202における真田さんは2199とは違い行動が合理にあっていないように思います。少なくとも真田さんは古代たちを止める立場であるように描かれるべきではないかと思います。率先してヤマトに乗る後押しをしていいものなのか。
そして、スピリチュアルな存在として古代の前に現れる沖田ですが、おかしいと感じたのは古代に言う「覚悟を示せ」というセリフです。
これは、2通りの捉え方があり、「波動砲を打たない」覚悟と「波動砲を打つ」覚悟です。
前者であれば2199の沖田の延長線上にあるといえるのですが、後者の場合は絶対言わないだろうと思えるのです(イスカンダルでスターシャと話した後の沖田なら)。この答は第三章以降にならなければ出ないのかもしれないのですが、波動砲の封印がすでに解除されていたり予告を見た現状だとどうも後者の意味に思えてならないためモヤモヤしています。ミスリードで実は前者だった、だとうれしいのですが...

そして本作は多分に感情的表現を全面に押し出し叙情的に描くスタンスであろうというのが、2199と違う点であると感じました。これは「さらば」から続く、「愛」というものを作品名に入れ描くとする2202のテーマ上では避けて通れない表現なのかもしれません。
また、これは私の印象でしかありませんが、作り手は「さらば」の衝撃に引きずられている面が強いかと思います。私は「さらば」が公開された当時は生まれてすらいなかったので皆さんが映画館で号泣したという話を聞いてもピンときませんが、その衝撃がすごかったということだけはわかります。その体験が名場面(英雄の丘や発進シーンなど)を完全に再現するという部分に現れている気がします。こうした場面はひどく感情を揺さぶるシーンであって作品の核となる部分でもあると思います。
ただ2199ではたとえこうした名場面であってもただ再現すればいいという作りではなかったと思います。熟考した上で再構築し、シーンとしてまとめる形です。2202では、作品を制作する時間的猶予の問題なのかあえて再現することにこだわっているのかわかりませんが(後者な気もしますが)、再構築する段階まで至っていない気がします。そのため皆様が議論されているような説明できない部分が多く残っていて違和感があるのではないでしょうか。
そしてヤマトを引きずっていて旧来に戻ろう、再現しようという部分が見えるのは2202のヤマトのデザインです。波動砲口とメインノズルを大きくして旧来のヤマトのビジュアルに近くなっています。せっかく2199でシャープなデザインとなって新世代のヤマトと感じられるようになったと思っていたので、ここは非常に残念でした。

そして2199は「希望」を描く物語なのに対して、2202はその希望を否定された状態です。人々の復興より波動砲艦隊による武装強化を優先する地球連邦政府はとりわけ今の北朝鮮とどこか重なる部分がありますし、翼くんは遊星爆弾症候群にかかっているし、古代と雪はすれ違っているし、といいところがありません。これが、第一章のパンフレットで福井さんが言っている失われた未来なのだとしたら、これから納得のいく新たな希望を示してくれることを切に願っています。「さらば」はこの新たな希望が全く示されずに終わるから嫌いなのです。

モヤモヤを抑えきれずに長々ととりとめなく書いてしまいましたが、新章以降でモヤモヤが晴れたらなあと思います。
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