『ワイルド・スピード SKY MISSION』がウケる国はどこ?

ワイルド・スピード SKY MISSION ブルーレイ+DVDセット 【ネタバレ注意】

 ワイルド・スピードシリーズがもっとも受けている国はどこだろうか。
 世界でヒットする映画はたくさんあるが、そのヒットの仕方は様々だ。全世界で12億7422万ドルもの興行収入を叩き出した『アナと雪の女王』がその50%以上を北米と日本だけで稼ぐ一方、『アナと雪の女王』を凌ぐ15億1859万ドルの大ヒットとなった『アベンジャーズ』の日本での成績は4526万ドルにしかならない。世界市場を狙ったハリウッド映画といえども、その成績は各国の状況やお国柄に左右される。

 では、四月末時点で13億4986万ドルを稼ぎ出し、まだ成績を伸ばしている『ワイルド・スピード SKY MISSION』はどこで受けているのだろうか。
 このシリーズ、2001年に公開された第一作の頃は全世界で2億728万ドルの興収しかなかった。カーアクションの映画としては悪い成績じゃないだろうし、制作費3800万ドル足らずでこの興収なら優等生だ。しかし、制作に8500万ドルかけた第四作になっても興収は3億6316万ドルだったから、10億ドルクラスの大ヒット映画と肩を並べるほどの存在感ではなかった。

 ところが、第五作『ワイルド・スピード MEGA MAX』以降の興行収入の伸びは凄まじい。
 第七作にして10億ドルの大台を超えたこのシリーズの躍進を支えているのが中国市場だ。

公開年全世界興収北米興収北米に次ぐヒット国
第一作2001$207,283,925$144,533,925英国 $9,235,142
第二作2003$236,350,661$127,154,901フランス $12,638,130
第三作2006$158,468,292$62,514,415英国 $10,567,267
第四作2009$363,164,265$155,064,265英国 $20,546,785
第五作2011$626,137,675$209,837,675英国 $30,243,825
第六作2013$788,679,850$238,679,850中国 $66,490,000
第七作2015$1,350,624,355$324,424,355中国 $323,000,000


 上の表はBox Office Mojoに掲載された国別の成績に基づいて作成したのだが、第七作の北米のデータが2015年4月3日から4月30日までのものなのに対し、中国のデータは2015年4月12日から4月26日までを集計したに過ぎない。おそらくまだまだ伸びるだろうし、このまま行けば中国からの収入が北米のそれを上回るかもしれない。
 はじめて中国で公開された六作目以降、中国は本シリーズの主要な収入源になったのだ。

 私は第五作に関する記事「『ワイルド・スピード MEGA MAX』 中国化する世界」において、司法権力を信用せず自由に振る舞いながらもファミリーの絆は大切にする本シリーズの世界観がまるで中国のようだと述べたわけだが、案の定、このシリーズは中国でバカ受けした。
 三~六作目はジャスティン・リン(林詣彬)、七作目はジェームズ・ワン(温子仁)と、中国系の監督により作られているのも面白い符合だ。

 とはいえ、いつまでも違法な窃盗団の物語では、共感してくれる客層が限られる。世界中の幅広い観客に受け入れられるためには、輸送車襲撃や銀行強盗に励んでいた主人公も社会と折り合いをつけて、善いことをすべきだろう。
 かくして第六作『ワイルド・スピード EURO MISSION』に至って主人公たちに恩赦が出され、彼らはアメリカ国務省外交保安部(Diplomatic Security Service)のエージェント、ルーク・ホブスの要請を受けて国際犯罪組織と戦うことになる。
 第七作となる『ワイルド・スピード SKY MISSION』では、「神の目」と呼ばれるハッキングツールを巡り、テロリスト率いる傭兵部隊と死闘を繰り広げる。

 家族のことしか考えない無法者だった主人公は、今や米国政府の秘密部隊の先兵だ。彼の動機はあくまで家族を守るためであり、人物像は一貫しているものの、その行動は007ことジェームズ・ボンドやミッション:インポッシブルシリーズのイーサン・ハントのような政府系のヒーローに近くなった。チームでの潜入活動は『ミッション:インポッシブル』そのものだ。

 大義とか使命とかに関心のない主人公が命を懸けてまで秘密部隊と協同するのは、一つには秘密部隊のリーダーであるミスター・ノーバディと酒を酌み交わしたからだろう。
 秘密部隊との作戦計画を練る場でいきなり部隊のリーダーと一緒に酒を飲むのは、米国のアクション映画では珍しい展開だ。米国風に行くならここは司法取引や何らかの契約を結ぶところだが、このシリーズの人間関係は中国風だから酒を飲む。第六作でホブスの云うことを信用したのは、すでに第五作でホブスと人間関係ができていたことや恩赦という司法取引によるものだと思うが、本作で登場したミスター・ノーバディは初対面だから信用できない。だからまず酒だ。ファミリー(宗族)に限らず情や絆に重きを置く中国では、どんな崇高な使命を説かれるよりも酒を酌み交わした盟友からの頼みごとの方が重要だろう。
 どこまで意識して作ったのかは知らないが、本作は中国市場にドンピシャリに違いない。

 主人公が社会と折り合いをつけて善行に励むのは、作品にとっても悪いことではない。
 単なる窃盗団ではなし得ないほどスケールが大きくなり、舞台も第五作のブラジル、第六作の欧州を超えて、本作では米国、日本、アゼルバイジャン、アブダビにまで広がっている。
 アクションも途方もない。第六作の飛行機とクルマのチェイスに圧倒された私は、これを超える続編なんて作れないだろうと思っていたが、本作ではなんとクルマのスカイダイビングが見られる。しかもCGIではなく、本当に空中の飛行機からクルマを落下させているのだ。スタントコーディネーターのスピロ・ラザトスは、「観客の期待に応えて本当らしく見せたかったのさ」と述べている。いやはや、『SKY MISSION』の邦題は伊達じゃない。


ワイルド・スピード スカイミッション Soundtrack こうして家族のことしか考えなかった無法者が世界平和に貢献する一方で、日本では家族を守る別の人気シリーズが公開された。『ワイルド・スピード SKY MISSION』から一日遅れて封切られた『映画クレヨンしんちゃん オラの引っ越し物語 サボテン大襲撃』だ。

 シリーズ初のパニック物となるこの作品は、ゾンビ映画の源流の一つ、SF小説の名作『トリフィドの日』とその映画化作品『人類SOS!』をほぼなぞった形で展開する。良質の食用油が採れる食肉植物トリフィドが、おいしい蜜の採れるキラーサボテンに置き換えられたくらいで、歩き回る食肉植物に襲われることや、食肉植物が音に反応すること、そして意外な弱点等がそのまま取り入れられている。
 小説『トリフィドの日』が食肉植物との戦いに決着をつけられないまま終わってしまうのに対して、映画『人類SOS!』は食肉植物の弱点を突き止めるところまでを描いたが、『オラの引っ越し物語 サボテン大襲撃』ではさらに進んで弱点を突いた戦いの結果まで描くのがミソである。

 ワイルド・スピードシリーズを語る上で『映画クレヨンしんちゃん』に触れたのは、どちらも物語の中心に家族がありながら対照的と思えるところがあるからだ。

 しんちゃんの父ひろしが繰り返し「家族はオレが守る」と宣言するように、『映画クレヨンしんちゃん オラの引っ越し物語 サボテン大襲撃』では一丸となって困難に立ち向かう家族の姿が描かれる。過去の作品でもひろしは「係長の代わりはいるけど、とーちゃんの代わりはいないからな」と云って会議をすっぽかして帰ってしまったりしたのだが、この映画ではもはや家族至上主義と呼ぶしかないほどに家族愛が強調される。

 家族を大切にするのはとうぜんのことながら、回を重ねるごとに社会とも折り合うように変化していったワイルド・スピードシリーズに比べて、『映画クレヨンしんちゃん』はますます家族を至上のものとして扱うようになった気がする。
 危険な任務に飛び込んでいく『ワイルド・スピード SKY MISSION』と、町中が怪物に襲われる『オラの引っ越し物語 サボテン大襲撃』では状況が違うかもしれないが、怪物に襲われる映画としては一つの到達点ともいえる『ワールド・ウォーZ』ですら主人公は自分の家族のことばかり考えていたのを恥じて世界のために行動しようと変化した。

 特に気になったのが、幼いひまわりのためにミルクと紙オムツを手に入れようとするシークエンスだ。人喰いキラーサボテンがウヨウヨする中、ひろしやしんちゃんは無人のスーパーにたどり着いて食料と日用品をショッピングカートに放り込む。
 サボテンへの警戒を怠らない彼らだが、映画を観ている私が心配したのはちゃんとお金を払うかどうかだった。非常時だから仕方がない――かもしれないけれど、店員のいないスーパーから勝手に商品を持ち出すのは略奪だ。火事場泥棒というやつだ。

 子供も観る映画だからこそ一段と高い倫理観を示して欲しい、という私の願いは叶わなかった。家族のために食料やオムツを手に入れることで頭がいっぱいのひろしは、レジにお金を置いてくることも連絡先を書き残すこともしなかった。キラーサボテンに襲われたらそれどころじゃない、という作り手の作劇が、野原家を略奪者にしてしまった。
 せめて町長や保安官のような立場の者が、金なんかいいから無事に戻れと云ってくれれば免罪符になったかもしれない。ひろしは「家族とご近所さんはオレが守る」とも云ってるのだから、略奪した食料の恩恵にあずかる人の中にスーパーのオーナーがいたりすれば、お互い様、助け合いの印象が強まったかもしれない。だが、このシークエンスにはそんな配慮もなかった。

 細かいことではあるのだが、同じような細かいところまで注意を払っているのが『ワイルド・スピード SKY MISSION』だ。
 傭兵部隊に拉致された天才ハッカーを奪還するミッションに就いた主人公たちは、得意のドライビングテクニックを駆使して傭兵たちの武装バスを追撃する。映画前半の見せ場であり、CGに頼らないアクションの連続には驚かされる。
 だが、アクションの凄さもさることながら、私が目をみはったのは、ポール・ウォーカー演じるブライアンが武装バスに乗り込んで敵兵を路上に放り出したときのことだ。猛スピードでバスを追撃していたブライアンの仲間たちは、即座にハンドルを切って敵兵をよけると再びバスの後ろにピタリと付いた。彼らは敵兵を轢かなかった。

 この後の展開でも同様だ。武装した敵と死闘を繰り広げているのに、彼らは敵を殺さないのだ。
 半端なアクション映画ではないから、もちろん敵は死んでいる。だが、よく見れば、敵を殺すのは特殊な立場のエージェント、ホブスだったり秘密部隊の隊員だったり、あるいはカーチェイスに競り負けた敵の自損だったりする。主人公たちも武器を取って戦うが、映画は彼らが殺人者になるのを巧妙に回避している。

 その上、本作は主人公を象徴するものとして十字架のネックレスを頻繁に映し出し、彼が伝統的な倫理感の持ち主であることも示唆している。
 ネックレスを単に思い出の品と見るならそれでもいいし、十字架に反応する人には主人公の人物像が塗り替えられるようにできているのだ。

 私はハリウッド映画の細やかな配慮に舌を巻いた。
 万人受けする映画とはこういうものを云うのだろう。
 度肝を抜くアクションで観客の目を奪っておきながら、その背後にはどこまで非合法な行為を描くか、その役割をどの人物に担わせるか、担わせないかの緻密な計算がなされている。
 観客が感情移入する主人公たちは、過度に手を汚してはならないのだ。
 だから心置きなく感情移入し、映画に身を委ねることができるのだろう。


ワイルド・スピード SKY MISSION ブルーレイ+DVDセットワイルド・スピード SKY MISSION』  [わ行]
監督/ジェームズ・ワン
出演/ヴィン・ディーゼル ポール・ウォーカー ジョーダナ・ブリュースター ドウェイン・ジョンソン ミシェル・ロドリゲス タイリース・ギブソン クリス・“リュダクリス”・ブリッジス ジェイソン・ステイサム カート・ラッセル トニー・ジャー ルーカス・ブラック エルサ・パタキ ジャイモン・フンスー ルーク・エヴァンス
日本公開/2015年4月17日
ジャンル/[アクション]
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【theme : アクション映画
【genre : 映画

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